第一章 はじまりとほくほくコロッケ

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 とある地方にて絶大な力をもつ九桜院(くおういん)家は、あやかしとの婚姻関係で繁栄した一族である。  契約したあやかしの名は、ぬらりひょん。  あやかしの総大将と呼ばれているが、その正体は定かではない。巨大な頭をもつ老人と言うものもいれば、美しい男の姿をしたあやかしと言う者もいる。  わかっていることは、いつの間にか屋敷の中に入り込み、何食わぬ顔で茶をすする、不気味な存在ということだけだった。  ぬらりひょんに気に入られた九桜院家は、娘を嫁入りさせることで繁栄してきたのである。  現在の九桜院家当主の娘は、華族出身の母をもつ蓉子(ようこ)という名の美しい少女であった。微笑むだけで、数多(あたま)の人を魅了し、誰をも(とりこ)にすると言われるほどの美少女である蓉子。  当主の壱郎(いちろう)にとって自慢の娘であり、娘もまた父を慕った。  早くに妻を亡くしたことで壱郎は娘を溺愛(できあい)し、あやかしである、ぬらりひょんに絶対に嫁にやりたくないと考えるようになる。しかし嫁にやらねば一族の繁栄は途絶(とだ)えてしまうかもしれない。 「そうだ。身代わりの娘を用意すれば良いのだ。当主である、わたしの血をひいた娘なら、何の問題もないはずだ」  健康な体と従順な心をもち、身寄りがない女として目をつけられたのが、九桜院家の女中として働く八重(やえ)という娘だった。  愛嬌が良く、素直な少女であった八重は、疑うことなく壱郎の誘いを受け入れ、後妻(ごさい)となった。  それは形だけであり、実際は(めかけ)でしかなかったことを、八重は後になって知る。  八重が娘を産んだ途端、壱郎は八重に辛くあたるようになっていく。壱郎が娘の名付けをしてくれないため、八重は娘を『さち』と呼び、自らの愛娘の(さち)多き人生を願ったのである。  
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