第一章 はじまりとほくほくコロッケ

4/22
前へ
/91ページ
次へ
 八重(やえ)が亡くなったのは、さちがまだ四歳の時であった。  夫であり、九桜院(くおういん)家当主である壱郎(いちろう)から暴力を受けていたことが原因であったが、表向きの理由は病気である。 「いいかい、さち。笑うことを忘れてはいけないよ。『笑う門には(ふく)来る』だからね。笑っていれば、おまえのことを見てくれる人が必ずいるから。……わたしの可愛いさち。おまえを遺していく、力なき母を許しておくれ。天からおまえの幸ある人生を願っているからね……」  母がいなくなったさちは、九桜院家の次女であるにもかかわらず、あくまで使用人として育てられた。壱郎から八重に向けられていた(いじ)めは、その娘である、さちが受け継ぐこととなる。  ゆくゆくはあやかしの総大将である、ぬらりひょんの嫁にするため、女学校にも通わせてもらえなかった。  幼き頃から九桜院家のために身を捧げることを教え込まれ、決して疑わぬよう育てられた。全ては九桜院家の長女蓉子(ようこ)の身代わりとするため。  ぬらりひょんは無類の女好きで、気に入った女をもてあそび、用なしになれば喰うとも聞いていた壱郎は、蓉子(ようこ)を守るためだけに、八重との間にさちをもうけたのだ。  そうとは知らぬさちは、父の願いを叶えることは親孝行になると信じていた。  さちは物事を知らぬ純朴な少女として成長していった。
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

132人が本棚に入れています
本棚に追加