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あの人
夢の中で、母の体に触れ、そいて目を開けると、母の背後に、明日香を抱きしめる母親の姿があった。
「何でそんなことっ!あっ、でもそうか、夢か」
母親の口から、「夢」の言葉が出てきたことなど知る由も無く、その日はデイに通った。
「つまり母さんの後ろに別のお前たちがいた。そういう理解でいいか」
うん、とうなづく明日香。
統合失調症が悪化している、と父親は判断した。
「しかも母さんまでか」
彼は表情を曇らせた。
「今日は有給を使って休もう。母さんの代わりに俺が県立病院に車で連れて行ってやる。主治医の話を聞きたい」
そう言って落ち着かせようとした。
しかし、明日香が目を覚ましてからの母の動揺は凄まじかった。
「まさか、……私、そんな、なんで、こんなことが……! どこまでが夢なの?」
母は混乱し、何かがおかしいと思い至った。平静を保つのが精一杯で怪現象の理由を考える余裕もなかった。
過労によるものでしょう、とリモート精神医は診断した。
「明日香、その勘違いが治るかどうかは、少し時間がかかるかもしれない。夢じゃなくて本当に嫌がらせ行為されたのかもしれない。何でも言ってちょうだい。『あの人』のことが嫌いということでも、人に殺されたような顔を向けられたって話でもいい。全力で明日香を守ってあげるから」
母はついにそう言った。不登校になってからずっと両親として支え続けてきた。
「もうそれだけで、十分なの。私は、何があっても夢じゃないと言い続けるよ」
明日香は強く主張した。
「私もお父さんも皆が心配しているのよ」
「お母さんだけが、その理由を聞きたいわけじゃなくて、皆でしょ?これまで、自分が何でもないと思わなかったことに疑問を感じ始めた。この世界はおかしいのよ! 何で気づかなかったか。それを確かめないといけない」
何か、何かに言わないといけないと思った母は、ただ一つ言った。
「お母さんは明日香の味方よ。それは動かしようのない真実だから」
そしてもう一度、ハグした。
母子の視線が届かない場所。無人の玄関口に
すうっともう一組の親子が現れた。
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