0人が本棚に入れています
本棚に追加
NO夢空間の恋愛バトル
いつもよりずっしりとした重みのある黒スーツの男たち。そんな彼らとは対照的にどこか楽しげな顔をした中年女性がいる。
朝もやに妖しく煙っている。
「あら、これはこれは。よくお早いお目覚めですね。ここは、貴方がたが通う大学の中で最も重要な場所ですよ」
そういう女性に、中年男性の方が質問をした。
「おい、君、大学に行きたくないか? 君だってこんなに早起きするのなら、ここに来たいはずがないだろう」
霧が深い朝に理由なくキャンパス内をうろつくお前こそ何様のつもりだというのだ。
そんな何気なく言い放つ男性に、
「そんなの、あなたにだって理由があるんじゃないの。黒スーツで学内をうろつくなんてどういうつもり? あなたにこそ理由なんてないじゃない」
少し強めな口調で、女性が返す。
「それに、あなたはただ大学で教鞭を執る毎日を諦めて、新しい生活に移りたがってるだけ」
「……」
男は図星を指されて黙ってしまった。
「……それは、あなたの言っていること、何にも言えないの?」
「俺に理由なんて、何もない」
男性が反論すればするほど、女性の声が低くなる。
「この世の中にはね、理由なんてものがあると誰もが錯覚しているのよ。本当は実在しない、誰もがあてどなく、ただただ言い訳を探しているだけ……だから誰かにそれを求める必要はないわ。だって、理由なんていくらでもある。その理由も、また誰かに伝えたい動機も…そもそもねぇ、理由なんて概念は存在しないから」
その説明を受けて、男性は反論しようと口を開くが、それよりも早く別の女声がその言葉を遮った。
振り向くとセーラー服姿の女子学生が立っている。手にしているのは受験票だろうか。
屈託のない笑顔で会話に加わる。
「それじゃあ、貴方にも理由が必要!そんな貴方を、ただ守りたいわ!
それなのに、何一つ理由が無い貴方は私に頼ることを望んでしまった。なぜなら……」
女子学生は見知らぬ男性を警戒することもなく、手を握ろうとする。
「……じゃあ、俺は……」
中年女性の言うことを聞いていなかった男性が、急に態度を変えた。
いきなり接近し耳元で何やらひそひそと囁く。
少女の勢いに押されてつい応じてしまったが、中年女性がそれを認めたことに男性は落胆する。
「……それなら仕方ないわね。いいわ、教授。私もその考えに賛成してあげる」
中年女性はそう言いながら手を差し伸べる。
教授は少女から離れて女性に近寄り腕を絡めた。
「分かったわ、じゃああの子からあなたを守るわ」
女性の真剣な表情に教授は少なからず違和感を覚える。
が、女性は彼に手を引かれて歩き出す。
教授は不本意ながら相手の手を取っていた。
「ねぇ、ちょっと。あなた本当にそっちを選ぶの?」
女子高生が呼び止めた。
教授が別の男性の手を握っている。彼女の視点からはそう見えたのだ。
女子高生が見ていたのをその第三者男性は気づいていなかったが、彼は女性の手をすり抜けて走り出した。
霧がますます濃くなった。
女子高生が中年女性の手を引いて歩いている。
そういう光景を教授は見ていた。
そこで慌てて追いかけ、少しだけ歩いてから彼女の手をまた強く強く握った。
誰もが信じられなかったし、この人は本当にやればできる人なのだろうなと教授は思った。いや、時制すら教授にとって意味を持たない。過去、未来そんなことどうだっていい。理由を信じられないから教鞭を捨てたのだ。夢はいい。無責任が許されるから。
最初のコメントを投稿しよう!