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タイムラプス
東西大学未来行動学研究所。
物ごついパイプが部屋を横断している。その麓で蟻のように作業服姿が蠢いている。
「島崎教授!」
中年女性が男を呼び止めた。書類の束を手にしている。これから行われる実験は科学発展の名目でいくつもの慣例や法令を破る。その例外手続きにこぎつけるまでいくつものハードルを乗り越える必要があった。
「俺の印鑑をまとめて押してくれ。今は忙しい」
そういって、手を振り払った。ピシャリと冷たい仕打ち。
「まぁ…もう、介入が始まってるの?!」
中年女性は舌を巻いた。今のところは明日香が一枚上手だ。
すると目の前で作業員の一人が上着を脱ぎ始めた。スルスルと作業ズボンから足を抜くとふわっとプリーツスカートが広がる。仰け反るように顔面を剝ぐとセーラー服の女生徒がいた。
「お母さん、おはようございます。これで何度目かしらね」
「お前…。でも、彼は渡さないからね」
母と呼ばれた女はひるまず堂々と対処した。
「考えたわね。島崎教授が未来受像機の実証実験を始める。これはまだ未来を先取りして視るだけの玩具だけど、いずれ交通手段になる」
実用化される前に壊してしまえとは乱暴で女らしい感情論だ。
「親殺しのパラドックスを撃ち合う理由がないわ。私はただただこの人を護りたいだけ」
「理由なんて何もないって嘘よ。本当は貴方が私を生み育てる気がないんでしょ」
明日香はじりじりとにじり寄る。手には銃でなく工具がある。殺さなくてもいいのだ。最新理論によれば親殺しのパラドックスは傷つけるだけで成立する。
「だから理由なんかないって言ってるでしょ。私はあの人を護りたい」
「だったら私もあんたに守られる理由はない。こんな女が親だなんて」
母子が互いににらみ合う。いや、二人が親子関係でいる理由も待たないのだ。
「お前は黙って自分の人生に帰りな。他の父母と幸せに暮らせばいい。どうして島崎に粘着するの?」
「だから理由なんてないって言ったでしょう! 私はあの人を護りたいの」
工具が振り下ろされた。
「君、何をするんだ」
たちまち警備員が押し寄せる。
「放してよ。お父さんの発明はとても危険なの」
明日香はジタバタもがく。
それを聞いて教授が駆け付けた。
「なんだって?」
「未来を脅かすの。世界線が揺らぐ。貴方はタイムラプスで『濃夢空間』を見たはずよ。ある日突然、妻が男になったり」
「どうしてそんなことを知ってる?それに君は俺の子供だって?」
耳を疑った。子を認知しろ。養育費を払えと言われる方がまだマシだ。
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