カクテル・バー

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カクテル・バー

その夜 由香里さんからの メールは 届かなかった 俺は 昨日 説教された通り 今度は LINEのIDを書いたメモを 小さく折りたたんで 朝 同じように由香里さんに手渡し 「こっちの方が気楽かなと思って」 と 軽く 笑いかけ また 振り向きもせず 自分の席に向かった 職務中 何度も 仕事の会話はしたが 彼女は 少しも動揺している気配なし そうだよな 一番デキの悪い 風采の上がらない 困ったちゃんから 何か 相談したいと メアドなんか 教えられても  普通 無視するよな その日 また  本当に 淡い 淡い 消え入りそうな かすかな期待を胸に 仕事が終わったあと 職場近くの 昨日とは違う  シャレたカウンターのある カクテル・バーに入った 店のマスターは 他の客のために シャカシャカ シェーカー振りながら 「お客さん 今夜限定のカクテル お作りしてもいいですか?」 と 俺に笑いかけた 「いいけど 俺 あまりキツイの 飲めないよ」 「大丈夫です お客さんの顔に合わせて調整しますから」 マスターは  俺と同じくらいの年齢に見える  気さくな男だった そうだ 彼もマスターだ 今夜はネットの説教部屋へ行かず 彼に 説教してもらおう そう思った俺は 「マスター 人生相談にのってくれる?」 と 単刀直入に尋ねた 「いいですよ 自分 ろくな経験してないから 素晴らしい答えは期待しないで下さいよ」 マスターは そう言って  俺の前に 白っぽいカクテルを置く 「ピニャ・コラーダ! ラム ベースです 今日は最高のココナッツミルクが手に入ったんです せっかくなので パイナップルも生の果汁を搾りました」 俺は ひと口飲んで うっとりした 「美味い グビグビ行けそう! ははは でも ゆっくり味わわせていただきます すごいな マスター 客の顔見て 味の調整しちゃうなんて プロフェッショナルだね!」 マスターは 黙って チーズの盛り合わせにナッツが添えられた皿を 俺の前に置いた 「初めてのお客さんに 僕の気持ちです カクテルにチーズの塩味 合うと思います」 俺は すっかりマスターが気に入って 「俺は シゲ  マスターは?」 と 尋ねた 「僕は ノブ よろしくお願いします」 他の客は 皆 それぞれ  熱心に何か語っていたので 俺は マスターのノブに向かって 「相談てのは 他でもないんだけど 恋の悩みさ」 と 気軽に言ってみた 「職場の上司なんだ 一目見た時から ぞっこんだった でも 何もかも俺とは格が違うから 根っから高嶺の花と決めつけて あきらめていたんだ けど 人生は一度 フラれて元々 思い切って告白しようと思うんだ」 「カッコいいな シゲ」 俺は説教部屋で説教された結果  素直に その言葉に従ってみた 昨日 今日の 経緯を話した 「家族や友人に言われると感情的になることでも 見ず知らずの他人から言われると 客観的に受け止められるかも! いいな 説教部屋・・・僕も 説教してもらう側の人間だな あははは」 ノブは 快活に笑い 言葉を続けた 「上司の彼女 きっと シゲに 好感持ってると思う それだけデキる女性なら 嫌いだったら メモを受け取らないよ 二日続けてメモを受け取っってくれたんだろう? 期待していいんじゃないかな」 ノブの そのひと言は 俺の胸を  ぱああぁ と 明るくした 「がんばれよ シゲ だけど 明日また メモを渡すってのは どうかな 何か変化球がほしいな」 「確かに・・・」 俺は 少し弾んだ気持ちで 店を出た  
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