偽作の館

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 あれは砂漠特有の、蜃気楼に過ぎなかったようだ。オアシスは実存するからこそ、砂漠鼠の口唇を潤すのである。幻想が、渇きひび割れた肌に、軟膏を塗る訳などないのである。  僕は煙草を吸いたい気持ちと、会場を立ち去りたいと願うがあまりの頭痛を根拠に、この館を去ることにした。なにも思い残すことは無い。偽作の館の住人は、平らな地球の縁から落ちてしまえばいいのだ。僕は、真理を内包する球へと帰るのだ。    ×    ×    ×  館を出ると辺りはもう漆黒が満遍なく広がっていた。それで、ここが郊外であることを思い出した。僕は空を見上げた。が、どうやら曇りである様で、星々の輝きは、この眼に収めることができず、そこには只、墨色の筋張った雲がたなびくばかりである。  僕は外套のポケットからマルボロをすぐさま取り出し、急ぎ焦るように煙を肺に流した。頭痛はより意識的になったが、穏やかな気持ちになることができた。  歩みを進める。今宵は、平凡たる幻想に満ち溢れた道を、歩いて帰ろう。  煙の向こうで、人影のあることを認めた。それは、パーティーで会話をした、あの月下美人のように見えた。が、たちまちそれは、西洋的な悪魔へと姿を変えた。僕は、もしそれが本当の悪魔なら、契約を結び、偉大なる芸術のために、魂を契約の担保にしようかと考えた。  しかし、近づくとそこには葉の落ちた、裸の樹木が立つばかりだった。 「狂うなら狂え、常しえに」 自然と、こんな科白が洩れた。月はこういったときも鈍い明りを落とし、地面に薄い僕を投影していた。その影と、黒々とした地面の境界は不明瞭で、自我が拡大していくような心地がした。
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