偽作の館

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*** 「着きましたよ」 「ありがとうございます」 僕は礼を言い、代金を支払った。  着いた場所は、喧騒と隔絶された郊外だ。  タクシーが走り去っていくと共に、エキゾースト音と、タイヤが砂利道を蹴る音が遠のいていった。これにより、僕は徐々に日常から隔離されていくのを覚えた。  この辺りは、広葉樹が茂っており、どこか幻想的な雰囲気が感ぜられる。が、それ以上にこの或る種の幻惑的な緊張を醸し出すのは、この洋館が一役買っているからだろう。建築されたのは実に五十年ほど前のことらしいが、外観を見るに、中世の建築士が建立したと言われても、信じられる程の荘厳さ──或いは、雅趣に満ちた経年劣化──が見て取れた。  僕はこの洋館を見ることで、今宵の交流会を一層強く意識した。すると、緊張がこみあげてくるのが、自覚的なまでに強いものになってきた。僕の場合、緊張が過度なものになると、腹痛よりも、頭痛を強く感じる。こういったときの頭痛は非常に厄介なもので、思考そのものを鈍化させ、更には、ネガティヴな舵取りをしがちだ。  僕はこういったことを紛らわせるため、木陰に身を潜め、またもマルボロを取り出して、火をつけた。体調が優れない時の喫煙くらい愚かなことは無いと、重々自覚していたが今ばかりはこの紫煙に縋りたかった。  いつもより深く吸う。火の温度が適正値を超え、いがらっぽい辛さを増した。が、僕が今したかったことは、ニコチンの摂取と自傷に他ならなかったので、これを止めることはできなかった。  額に一筋の汗が流れた。妙に粘っこい気もしたが、この汗は季節外れの厚手の外套のせいだと結論づけた。 ***
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