偽作の館

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 それから我々は、互いの小説観を共有した。彼女は日本文学に精通していた。なかでも、夏目漱石について熱弁していた。  僕はというと、海外小説について主に話した。ジョージ・オーウェル、オルダス・ハクスリー、レイ・ブラッドベリ、ザミャーチン。  自分で言葉を発した後に気づいたことだが、それらは、おしなべて、理想郷を嘲笑した者達だった。僕もつられたように口の端を曲げた。が、それは幾分かひどい顔だったらしい。K氏は、自身の会話の相槌のために作った表情ではなく、僕自身の空想によることを悟ったのか、怪訝そうな表情をした。それから、 「この会は、まだ時間もあることですし、またお話しましょう」 と言い、その場を去って行ってしまった。僕は、少し悪いことをしてしまったかのように思ったが、辺りを一瞥し、この会場が平面的であることを思い出した。彼女も又、天蓋に被された世界に住まうインクと紙の消費者であると当てつけると、僕の心に一瞬間だけ存在した良心の呵責は、春の残雪のように気づかぬうちに消えてしまった。
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