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君と過ごす教室で
「これ、今日のプリント。数学と国語と物理」
オージが鞄からプリントを差し出すと、ヒメは無言で受け取った。
「マオウ様とか、サルとか、一緒にヒメのところに行くってうるさかったぞ」
「来なくていいって言っておいて。騒がしいから」
彼女はふいと顔を逸らすとプリントを眺める。
紙をめくる乾いた音がする。
「――いいなあ、学校」
小さく呟かれた言葉に、発言した当の本人であるヒメが目を丸めて「今のなし」と付け加えた。だがオージは神妙な顔をする。
「学校、行きたいか」
「べつに。違うから」
「でも」
「そんなんじゃないってば」
彼女は強い語調で言うとうつむいた。
しばらく紙をめくる音が止まったが、また再開する。
「ヒメ」
再び音が止まる。
派手な音を立てて紙の束が彼女の膝を打った。
「うるさい! そんなんじゃない! 学校なんてどうでもいいし。行きたいわけじゃない。だから、同情しないで。かわいそうって目で私を見ないでよ――!」
オージはなにも言えなかった。
彼女の苦しそうな息遣いだけが病室に響いた。
*****
「ヒメちゃんの様子どうだったの?」
マオウ様が魔王という彼女の呼び名に相応しく、足を組んだ不遜な態度で訊ねた。
「見りゃ分かるじゃん。ヒメのこと怒らせてきたんだろ。なさけねーの」
サルは軽い口調で言うとぶらぶらと椅子を漕ぐ。マオウ様がその椅子を力強く蹴飛ばした。派手な音を立てて床に倒れたサルは、恨めし気な目で彼女を見上げる。
「なにすんだよっ」
「デリカシーないわね、ばかサル」
騒ぐ二人をオージは黙って見ていた。
クラスメイトのヒメが入院したのは突然のことだった。その日の放課後まではオージたちといつものように騒いでいた。だが家に帰ってから、何の前触れもなく、唐突に、自室で倒れた。
ヒメが話さないから、詳しいことは知らない。だが難しい病気にかかったことだけは、彼女の母から聞かされた。
それ以来、ヒメはずっと病院にいる。
ずっと、死と向き合っている。
「ヒメが、学校が羨ましいって言っていた」
「えー、学校なんてつまんないだけじゃんか。ヒメも物好きだなあ。俺だったら授業サボれるしラッキーって思うけど」
「黙ってサル」
「――だが、ヒメは学校に行きたがっているんだ。どうにかできないか。このままだとヒメが」
かわいそう、と言いかけて口をつぐんだ。昨日、それで彼女を怒らせたばかりだ。
「俺が、ヒメと一緒に学校生活を送りたいんだ」
「いやいや、無理だろ。あいつ入院してるんだから」
「最初から諦めてないで、なんか考えなさいよ」
「じゃあマオウ様はいい案あるの」
「ないけど」
「ないんじゃん」
二人は睨み合って、ふんっと互いにそっぽを向いた。
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