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先生は一瞬沈黙して、首を傾げた。
「それはなぜ? 比米さんだけではいけないの?」
「駄目です。全員が同じ状況じゃないと、ヒメは来ません。彼女だけがオンラインだと、自分が特別扱いされているって考えると思います。自分が病気だから気を遣われているんだって。でもそれはヒメを傷つける。『全員が感染拡大防止のためにオンラインで授業を受ける』って、そういう名目が必要なんです」
同情されることも、特別扱いされることもヒメは嫌う。
病室での彼女の様子を思い出してオージはうつむいた。
「それは――、難しいわねえ。オンライン授業って大変なのよお。それに春ならいざ知らず、今はもうオンライン授業している学校なんて滅多にないしねえ」
先生はいつもの穏やかな口調で、しかしはっきりと言った。
「全員でオンライン授業というのは、すこし難しいわ」
「分かっています、わがままだってことは分かっているんです。でも」
病室で、ヒメから笑顔が消えていく。ぼんやりと窓の外を見つめる彼女の瞳を思い出した。壊れてしまいそうな彼女の姿。
「このままだとあいつ、体だけじゃなくて心まで病むと思うんです。少しでも息抜きさせてあげたい。叶えてあげたいんです、彼女の願いを。学校が羨ましいって、そう言っていたから、だから授業に参加させてあげたい。そうじゃなきゃ、病気に勝つ前に心が負ける」
お願いします、と頭を下げた。
「もうこれ以上、ヒメが追い詰められるのは見たくありません。いつもと同じ日常を取り戻してあげたいんです」
先生はじっとオージを見ていた。
沈黙が流れた。
薬品の匂いが妙に強く感じられた。
「そう――。比米さんが、学校に来たいって言ってくれたのね。先生、とても嬉しいわあ。教師冥利につきるわねえ」
先生はふっと微笑んだ。オージは顔を上げて先生を見た。
遠くを見るような眼差しで、先生が息を吐く。
「他の先生たちに、相談してみましょうか」
オージは目を丸くした。
「いいんですか?」
「ええ。でも、期待はしないこと。先生は比米さんのことも大事だけど、他の生徒のことも同じだけ大事なの。他の子たちの学業に支障をきたすわけにはいかない。だから他の先生方がオンライン授業は不適切だと判断すれば、無理を言うことはできない」
いいですね、と先生は念を押した。
*****
それから数日後、オージは先生に呼び出された。
「全クラス、来週からオンライン授業に切り替えることが決定しました。新型ウイルス感染の勢いが増しているため、感染拡大防止を図る施策です。全員自宅で授業を受けてもらいます。――というわけでえ、比米さんへの連絡、お願いできるかしらあ?」
「――はい!」
オンライン授業の案内と書かれたプリントを受け取って、オージは力強く頷いた。
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