My pleasure

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その後、俺達は別々に東京へ戻った。 一緒に帰ろうと言う俺に深月は、頑として頷かなかった。 外に記者が待ち伏せているかもしれないし、来てくれただけでも嬉しいからと。 むしろ行き違いがあったとはいえ、迷惑をかけてしまってごめんと謝られる始末。 恋人に我慢させて守ってもらうとか情けねぇ。 悔しいけどそれが今の俺だ。 帰ってマネージャーと事務所に顔を出すと社長にデカい雷を落とされ、厳重注意を言い渡されたが。 深月を知っている社長は、深月へのフォローはしっかりしたのかと聞いてきた。 その話の中で社長室に梶原が入ってきた。 相変わらず全身黒づくめで、葬式にでも行くのかと思っていると、そうだと素で言った。 常に探偵キャラの仮面を外さない梶原には珍しいことだ。 「また一人…仲間が死んだのよ」 「え?」 呟く声に反応して振り返ると社長自身も残念そうに言う。 「あの子、ずっと待っていたのよ。…約束を守ってきたのに…」 社長は息子を見る母親の顔になっている。 そして死んだのは、岡嶋悠斗だった。 セレモニーホールへ向かうタクシーは、沈黙に包まれていた。 いつかこんな日が来ることは、わかっていたと前置きしながら、 深月が言葉を選び話すのを俺は聞いていた。 「…。同じ劇団にいた仲間だったの。…だから頼まれたのよ」 「頼まれた?」 「もう自分に時間がないから… いつどうなってもおかしくないから、 妻を、倉橋さんを頼むって。あの子、寂しがり屋だからって…」 「なんで深月に頼むんだ」 「わたしだけじゃないわ。ユキにも頼んでいたみたい…」 「梶原に?」 「悠斗くん、こんなこと言うのよ。友達は、確かに何人もできたけど、だけど、 あの劇団にいたとき、わたしとユキと一緒だった時が一番楽しかったって…」 「……」 「そんな時の友達だから、倉橋さんを託せると思ったって…」 「勝手な話だな。手前で菜穂を幸せにしてやりゃよかっただろうに」 「そうね…。でも倉橋さんは、もう一人の人格に怯えていたから… ちゃんと夫婦で向き合えてはいなかったのかもしれない…」 「…」 岡嶋悠斗の葬式の参列者は、親族を含め少ない人数だった。 本来ならいるはずの菜穂の姿はなく… 喪主も養父だった。 梶原は、ホールの隅にひっそりと立ち、静かにセレモニーホールを後にした。 再びホール前でタクシーに乗り込むと俺は、黙ったまま深月の手を握った。 何も言わなくても握り返してくれる手…。 俺はこの手を守っていきたい。 別れの瞬間さえそばにいられなかった従妹を思うと、 俺は一層深月には、甘く優しい世界で包みたいと思うのだった。
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