プロローグ      任官  1913年 秋

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「ジーマも馬が大好きだったの。二人でよく馬の話をしたわ。私たち、子どもの頃から一緒に育ったんです。ジーマはいつも面白くて楽しい人でした。……実は私ね、母と上手く行ってないの。私は母には申し上げなければならないことを、申し上げているだけのつもりなのだけど、逐一、母の不興(ふきょう)を買ってばかり。だから馬といると、ほっとしたのよ。」  ジーマとは、おそらく縁戚(えんせき)に当たる、美男子で有名なドミトリー大公のことだ。  それは、その立場でありながら、愛称(あいしょう)で呼び合うほど親しかったということだった。 「そ、そうですね、自分もほっとします」  (わずら)わしいことがあったときは厩へ行き、馬に話して聞かせるに限る。  ただそれだけで、気持ちは落ち着く。 「私、ロシア人なのに、母の意見で家では英語で喋らなきゃいけないの。時々、嫌になるんです。母は、もっと進んで、この国そのものに馴染むべきなのに」  オリガ皇女殿下の母君である皇后陛下は、英国のヴィクトリア女王の孫だがドイツ貴族出身で、ドイツから嫁いできている。されど、宮殿の一角に閉じこもり、ロシアに馴染もうとしないと(うわさ)になっていた。皇族の一員としての責務(せきむ)も果たせてるとはいえない。
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