第一章 第一話    リラの花 1916年 夏 

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第一章 第一話    リラの花 1916年 夏 

 1916年 夏  色とりどりの花と緑にあふれる街は、清々(すがすが)しい夏を迎えていた。  運河沿いの細い通りから出ると、ネフスキー大通りは(にぎ)わっている。大小さまざまな商店が立ち並び、舗道(ほどう)を練り歩く人たちが、興味深(きょうみぶか)げに、飾られたウインドーをのぞいていた。露店(ろてん)で買ってもらった風船を手にした子供たちが、笑い声を立てて駆けていく。  広い通りの中央には、街の名物となった路面電車が、老若男女の乗客を満載(まんさい)し走行していた。その周りをせわしく行き交う辻馬車。  今日は、頻繁(ひんぱん)に見かけるようになったデモ隊もいなかった。そして馬車や路面電車の間を、民間でも使われるようになったガソリン車も混じって走っている。ただし、こんなごった返している大通りではスピードも出せず、わざわざ車を使う意味があるかは分からなかった。  
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