第一章 第一話    リラの花 1916年 夏 

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 (へだ)たった地で、ロシア帝国軍がオーストリアハンガリー帝国と、国家の命運(めいうん)をかけて戦っているとは思えないほどの、穏やかな夏休みだった。 「おーい、ミーシャ!」  どこからか声が聞こえる。  ミハイルは、親しい間でしか使わない愛称(あいしょう)で呼ばれて、思わず立ち止まった。  大学の友人のアナトリーの声だ。  つつがなく学年末試験も終わり、大学も夏休みに入ったため、すっかり気が緩んでいた。姿を求めて辺りを見回していると、目の前には(さわ)がしいエンジン音の車が、近づいてくる。  まさしく、その車が横付けされた。 「おう、夏休みだけど調子はどう?」
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