プロローグ      任官  1913年 秋

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 その一瞬、窓から届く夏の名残りを含んだ陽光(ようこう)が、額の上をさっとかすめた。  ミハイルは視線を動かすことなく、左踵(ひだりかかと)を引き付けて合わせると、ブーツの拍車(はくしゃ)の金属音が鳴る。  緊張のあまり、敬礼(けいれい)の手が震えていた。 「この度、着任しました。少尉のミハイル・アレキサンドロヴィッチ・デミトフと申します」  部屋は静まり返ったままだ。 「初めまして、ミハイル・アレキサンドロヴイッチ・デミトフ少尉。第二近衛騎兵師団(このえきへいしだん)、第二近衛騎兵旅団(このえきへいりょだん)、皇帝陛下近衛軽騎兵連隊へようこそ。着任(ちゃくにん)を歓迎いたします」  壇上(だんじょう)から、晴れやかな笑顔で、その若い女性は話しかけてくる。 「デミトフ少尉。形式的なものに過ぎませんので、そんな固くならないでください」  真っすぐ被った軍帽(ぐんぼう)からは、(ゆる)やかに波打つ明るいブルネットの髪が見える。それは襟足で切り(そろ)えられていた。
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