プロローグ      任官  1913年 秋

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「今回は一人異動となりましたので、一人加えてくださいとお願いしてありました。父も……いえ、皇帝陛下も、若い方が配属になり、喜んでくださることでしょう」 「た、大変、光栄至極(こうえいしごく)に存じます」  舌はもつれ、声も、わなないている。  だが着任のお祝いの言葉を告げた目の前のうら若き女性は、不可解(ふかかい)なことに雅やかなドレスでも高貴な礼装でもなく、深青緑色の軍服姿だった。  しかも閲兵(えっぺい)用ですらなく、通常任務の近衛騎兵軍装(このえきへいぐんそう)。  そして()れ跡のある革ブーツに拍車(はくしゃ)。  あろうことか、一介の近衛士官と成り下がってしまっているのは、何故なのだろう。 「さて、このような場所ではありますが、ここでひとつ、皆さまへお願いをさせていただきたく存じます」  皆を魅了(みりょう)する美しく、やんごとなき女性の呼びかけに、上級将校たちは、耳を澄ませ、厳粛(げんしゅく)に控えたままだ。 「どうか皆さん、街へ巡察(じゅんさつ)に参りましょう。ぜひとも私もご一緒させていただけますように」  水を打ったかのような静けさ。  その瞬間が終わると、脇に並んでいた連隊のそうそうたる面々が、うろたえ、互いに顔を見交わし、ざわつき始めた。
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