第二章 第五話    モスクワの雪 1918年 秋

11/23
前へ
/430ページ
次へ
 ペトログラードのギムナジアにいた指導熱心だったフランス語の教師。()せていて眼鏡をかけていて。そんなところが――。  もしかしたら、この老人も教師だったのかもしれない。老人は大慌てで置かれた本をまとめ、ミハイルに差し出すと、ひったくるようにチーズを受け取った。  モスクワの街の様相はかつて来たころとは信じられぬほど一変していた。  ここでもペトログラードと同じく銀行はすでに閉鎖されており、業務の再開の(きざ)しもなく、市民は現金をおろすことができなくなっていた。物々交換するか手持ちの現金を使うしかない。商店やレストランなども閉まっているところが多くなっている。  通りを走る馬車も車も、赤い旗や布が貼られていた。  そして、お粗末な軍服をだらしなく組み合わせて着た革命人民軍を気取る兵士たちが、銃などで武装し有産階級から没収(ぼっしゅう)したらしい車を乗り回したり、広場や通りを我が物顔で歩き回っていた。  苛酷(かこく)な訓練を受けた帝国士官たちとはまるで違う兵士たちの傍若無人(ぼうじゃくぶじん)の振る舞いは褒められるような代物ではなかった。レストラン、劇場、名誉ある将校クラブさえも我が物顔で占領している。昼間から女と酒を求める男たち。革命の理想など見えてこない。
/430ページ

最初のコメントを投稿しよう!

81人が本棚に入れています
本棚に追加