プロローグ      任官  1913年 秋

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   その刹那(せつな)、周りの近衛士官たちに緊張が走ったのが分かった。左腰のサーベルに手を伸ばす者、右腰のホルスターに手を置く者、通りの両側の(そび)え立つ建物の窓や、歩道にせわしく視線を走らせる者。  一斉に身構(みがま)える。  だがオリガ皇女だけは、少女に向かって悠然(ゆうぜん)と微笑み返し、軽快(けいかい)に手を振って見せる。少女は喜びに満ちた笑顔を浮かべた。同じく手を振り返してくる。  そのまま少女を乗せた馬車は、庁舎広場の十字路を大きく折れ、隊列側から去っていこうとしていた。  それでも少女はいつまでも荷台に後ろ向いたまま座り、屈託のない笑顔を見せつつも、その姿は路面電車の車両や辻馬車に(はば)まれ、やがて視界から消えていった。 「周りに気づかれたかもしれん。そこの庁舎(ちょうしゃ)の中庭へ。そのまま向こうへ突っ切るぞ」  隊長が告げる。 「で、殿下、隊列はすぐ右の庁舎の中庭へ入るそうです」  焦ったミハイルが、ぎこちない声で引き継いだ。  皇女は無言で(うなづ)き、急遽(きゅうきょ)、隊列が同時に右へ旋回(せんかい)する。
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