プロローグ      任官  1913年 秋

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プロローグ      任官  1913年 秋

 1913年 秋  講堂の中は、独特の気配に包まれていた。  さっきまで、中庭に面した廊下で聞こえていた士官たちの話し声や、馬のいななき、(ひづめ)の音は途絶え、今や静まり返っている。  天井間際まである高いアーチ窓からは、薄いカーテンを通して届く午後の淡い木漏れ日。演壇(えんだん)へ続く縁取り模様のある真紅(しんく)絨毯(じゅうたん)の上まで、降りそそいでいた。  透明で、まぶしい夏の陽射(ひざ)しとは違う、だいだい色の柔らかな秋の光。  それは講堂の中の(ほこり)さえも、明るさで満たす。その(はかな)い色彩の中を、空飛ぶ鳥の影がよぎった。  目の前の壇上(だんじょう)の脇には、司祭、小隊長、中隊長に大隊長、更に連隊長までもが(かしこ)まって控え並び、背後には自分が所属する小隊の尉官(いかん)たちがそろい、整然と列を作っていた。全隊員が頭脳ばかりか容姿にも優れ、帝室に近い皇帝陛下直属近衛隊であることを実感する。  自分は、なんの脈絡(みゃくらく)もないのに、ここにいるような気さえしてくるほどだ。 「ミハイル・アレキサンドロヴィッチ・デミトフ少尉、前へ」  沈黙を破って、連隊長のシューキン大佐に名を呼ばれた。  明るい髪色で青い瞳の青年は、左手でサーベルを押さえ、大きく一歩前へ出る。
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