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そして一か月後、奴は宣言通りにケーキを作って招待してくれた。シュバルツベルダーキルシュトルテっていうらしい。「これを手本にお前も研鑽に励め」なんて偉そうに言ってたけど、別に私、魚に詳しくなれればそれでいいんだけどな。まぁ、悔しいことにそのやたら凝ったケーキは絶品だったけど。
こんな初心者の私と張り合うなんて、ずいぶん大人げない天才少年だ。
「汐魚ちゃんいらっしゃい。珍しいじゃない、うちに来てくれるの」
「あ、お邪魔してます」
聖悟がちょっと外している間、聖悟のお母さんに声をかけられた。食べかけのケーキを見て、「あっ」と声を漏らす。
「それ、汐魚ちゃんにだったのね。ふふ……」
「……このケーキがなにか?」
「最近キルシュばっかり作ってると思ったら……、かわいいところあるじゃない」
そう言ってくすくす笑う。そのとき丁度戻ってきた聖悟は、お母さんを見て「うわっ」と声をあげた。
「母さん! 汐魚に余計なこと言ってないだろうな!」
「ないない。じゃあごゆっくり~」
そんな会話を不思議に思いながら、最後の一口を口に運ぶ。
「……で? どうだったんだよ」
「あ、美味しかったよ? さすが天才少年」
「……あっそ」
せっかく褒めてるのに、なんでそんな不満そうなんだろう。
でも、聖悟とこんなに話すのは小三ぶりかもなんて、ちょっとだけ嬉しい。
「聖悟、ありがと。ごちそうさま!」
お皿を片す聖悟に声をかける。
「おー」なんてぶっきらぼうに言うその背中は、なにかが少しだけ、いつもと違う気がした。
おしまい。
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