見てないし、わからないし、覚えてない

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 なつめが少しぼんやりしていたのと、前から歩いてきていた男子学生がスマートフォンをいじっていてこちらを見ていなかったのと、不運が重なった。二人は、どん、とまともにぶつかった。 「ごめんなさい」  なつめはとっさに謝ったが、それ以上に、かちん、という金属音に反応した。目を向けると、首から下げていた指輪が足元に転げ落ちている。ぶつかったときにチェーンが外れてしまったようだ。古いものだったので、仕方がない。  急いで拾おうとしたが、なつめより先に、ぶつかった男子学生が指輪を拾い上げた。 「これ、君の?」  その一言で嫌な予感がしたのは、気のせいだろうか。男子学生はくすくす笑っている。それもそのはず、指輪はあまりにも古くて安っぽい。玩具同然だ。大学生が身につけるようなものではない。 「そうです。あの、ありがとうございます」  学生はじっとなつめの顔を見て、また、にやりと笑った。 「こんなのより、俺がもっといいの、買ってあげようか」  気のせいではなかった。こういう時の男というのは何故こうも頭が悪いのだろう。そんな物言いをされてついていく女などいるわけがないのに。なつめはその申し出を完全に無視した。 「返してください」 「君、人の話聞いてる?」  こちらの台詞だ、と言いたいのをこらえた。あまり怒らせるようなことを言っては逆効果になるかもしれない。なつめは必死で感情を抑え、冷静に訴えた。 「それは大切なものなんです。返してください」
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