見てないし、わからないし、覚えてない

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***  その日一日、孝史郎の頭は指輪のことでいっぱいになってしまった。  今ははっきりと思い出せる。あれは、中学二年のころ、唯一二人きりで出掛けた日に立ち寄った雑貨屋で、自分が彼女にと買ったものだった。彼女の嬉しそうな笑顔も、はっきりと記憶にある。  あれから、もう五年は経つ。本当に安物だったから、五年であんなに古ぼけてしまったのだろう。それを、今でも大事そうに持っていた。必死に、返してと叫んでいた。そうして大切にしていることを孝史郎に知られて、林檎のように真っ赤になった。 「そんなの決まってるじゃない。絶対に、まだ久坂君のことが好きなんだよ」  という意見を寄越したのは、高校時代からの縁となっている友人、和泉司(いずみつかさ)である。細身だがとんでもない大食漢で、目の前には孝史郎の倍ほどの皿が並んでいる。夜の大学の食堂は人が少ないので、非常に目立つ。周囲の学生たちが物珍しそうにじろじろと眺めていた。  友人といっても年は一つ上で、高校時代には生徒会長と副会長という関係だった。同年代の友人よりも気が合ったので、大学が同じになったのを良いことに、現在に至るまで付き合いが続いている。  昼間起きたことについて、舞い上がってうぬぼれてしまいそうだったから、なんとか人に意見を聞きたくて思い出したのは司のことだった。
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