この世で一番、会いたくなかった人

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「いらっしゃい! あ、新入生?」  わ、美人、という男性の声が教室の奥の方から聞こえてきた。そういう風には見られたくない。恋とか、お付き合いとか、そういうことが嫌だったから、スポーツ系のサークルは避けたのだ。  どれもこれもがそうだとは言わないが、少なくともなつめが受け取ったチラシに書かれていたスケジュールは、ほとんどが飲み会で埋め尽くされていた。兄に聞けば、それはつまりそういうこと、という回りくどいがよくわかる説明が返ってきた。要は、スポーツを楽しむというより、スポーツを通して出会いを求めるサークルだということである。 「入って入って!」  文芸サークルというからどんなに物静かな人たちが集まっているのだろうと思っていたら、最初に当たった男子学生は非常に気さくな人物だった。 「専攻は?」 「英米文学です」 「おしゃれ~! じゃあ、あの辺の女の子たちと同じだよ。いってみよっか」  案内された先には、二人の女子学生が親し気に話をしていた。 「わー、かわいい! 入部希望? 座って座って!」 「女子少ないから嬉しいなあ!」  静かに本を読むサークルだと思っていたのに、思いのほか賑やかで、なつめは少々辟易していた。元々の性質でもあるが、新しい環境、新しい人間関係に、すでに疲れてしまっているらしい。 「小説とかは、書いたことがないんですけど」 「大丈夫大丈夫! 読んだ本の感想語るだけでも大歓迎! もし機会があったら短い文章を書いてみてもいいしね」 「俳句、短歌、川柳でもいいよ!」  それくらいなら大丈夫そうだ。チラシに書いてあったことと、印象はそう変わらない。同じ専攻の先輩と交流できるのも良い。ここで決めようか、そう思った矢先のことである。 「あの、すみません」  名前も呼ばれなかったのにそれが自分に対する呼びかけだと気づいたのは、その声に聞き覚えがあったからだ。ありすぎたからだ。どくりと心臓が大きく高鳴る。  なつめの顔色が変わったのを、先輩たちも気が付いたらしい。少々驚いて顔を見合わせていた。 「高村、なつめさん、ですよね」
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