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内心では、もう指輪どころではなかった。早くここを立ち去りたい。しかし、何もせずに帰ったら、今の状況を見たくなかったと言っているようなものではないか。とりあえず探し物をするふりだけでもしなければ。狭い部室を一回りだけする。
その途中で、固まっていた孝史郎が唐突に立ち上がった。
「なつめさん、ぼく手伝うよ。何探してるの?」
「ああ、もういいから。ないのがわかったから、帰るね」
「でも」
「お邪魔しました。勉強頑張って」
ちゃんと言えただろうか。声は震えていなかっただろうか。なつめは逃げるように部室を出た。心臓が痛いほど高鳴っている。
どうして、なんで、忘れられないのだろう。
三日付き合ったら飽きてしまった、十年来の恋人同士が些細な行き違いで別れた。そんな話はいくらでもあるのに、何故自分は忘れられないのか。
速足で歩くなつめの後ろから、うんざりするような大きな足音がする。
「なつめさん!」
なんて馬鹿な男なのだ。
あんなに可愛い女の子に言い寄られてなお、何故なつめを追いかけるのか。何度拒めば諦めてくれるのか。
いいや違う。
本当の馬鹿は私だ。
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