絶対に好きにならない人

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 なつめが密かに警戒していると、シャーペンを持った司の手が伸びてきた。人間の世界は三つに分けられる、というなつめの意味不明なメモの続きに、ムラ(日常の場)、ノラ(労働の場)、ヤマ(山)、と書いて、ヤマに大きく丸をつけた後、今ここ、と唇だけで囁く。確かに、山は人間にとって神秘的な場で、云々、という講師の声が聞こえてきた。少しだが、講師の話の意味が分かるような気がしてきた。  今何の話をしているのかさえわかっていなかったことを、見透かされたとは。なつめは恥ずかしく思う一方で、やっぱりこの人怖い、とも考えてしまった。助かったことは確かなのだが。  授業が終わり、チャイムが鳴ると、司はうんと伸びをした。 「お疲れ様! いやー、奇遇だね! 同じ授業とってたなんてさ。去年は時間が合わなくて受けられなかったんだけど、今年にして正解だったかも」  綺麗な笑顔の真意がわからず、なつめはなんとも返答に困ってしまう。少し迷ってから、無難に頭を下げておくことにした。 「あの、ありがとうございました。授業、ちょっと大変だったので」  司は目を輝かせた。 「ほんと? 良かった。お節介だったらどうしようかと思った」  そのような葛藤は微塵も感じられなかったが、あえて言う必要もないだろう。 「ねえ、良かったらお昼一緒に食べない? ちょっと話したいことがあってさ」  優奈が研究発表の打ち合わせがあるらしく、今日の昼食は一人で食べるつもりだったので、断る理由はなかった。曖昧にうなずいたなつめを前に、司は鞄から光る物を取り出す。それを見て、なつめは声を失った。 「これの、話なんだけど」  司の手にあったのは、なつめがなくしたと思っていた、あの指輪だった。
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