46人が本棚に入れています
本棚に追加
***
事件は、帰り道に起きた。
ランチを終えたら解散の予定だったが、司が本屋に寄ると聞いて、なつめもついて行くことにしたのだ。普段から、大きな本屋を見かけたらとりあえず入ってみるのが習慣になっていたから、深い意味はなかった。司も快諾した。
「探している本があるんですか?」
「うん。ゼミで使うんだけど、大学の図書館だと借りられなくてさあ。その辺の市立図書館にもなかったし」
「そうなんですか?」
「皆おんなじこと考えるから。ずっと貸し出し中」
なるほど、となつめは納得した。確かになつめも、教授から指定された本を読んで評論文を書いてくるように言われたことがある。本を読まなければ書きようがないので、場合によっては購入しなければならないと、そういうことらしい。
駅前の大型書店は、土曜日の昼時ということもあり随分と賑わっている。入口付近やレジは人混みで覆い尽くされていて、中に入るのも一苦労だ。ただ、司の目的地である人文学の専門書の棚の付近には、先客は一人しかいない。
ただ、その一人が大問題だった。
見上げるほど大きな棚の前で本を見繕う、ひときわ目立つその長身に、ほんのわずか、目を奪われる。
誓って一瞬だったというのに、司は目ざとく気が付いた。なつめの視線の先を追って、ぶは、と吹きだした。それが合図になった。大きな背中がこちらを向く。
孝史郎だった。
最初のコメントを投稿しよう!