お願いだから帰ってください

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***  なつめはたっぷり三秒ほど迷った末、扉を開けることにした。追い返すにしても、開けないことには始まらない。安い部屋だが、扉が閉まったままで会話できるほど薄っぺらい扉でもないのだ。そして、いつまでもなつめの部屋の前に男が居座って、妙な噂が立っても困る。  なつめが扉を開けると、孝史郎はほっとしたように微笑んだ。 「良かった、開けてもらえて。お加減いかがですか」  なつめが体調を崩していることも知っていたような口ぶりだ。一体どういうことなのだろう。考えようとして、頭がずきりと痛んだ。 「帰ってくれない?」 「そう思うなら扉開けちゃだめだよ」 「体壊してる人間に面倒くさいこと言わないで。熱があるの。迷惑だから帰って」 「そうもいかないなあ」  孝史郎はなつめの話を聞いていない。扉の隙間から大きな体が入ってくる。 「ちょっと」 「弱った隙にどうこうしようとか、そういうのじゃないから。ぼくのことは、そうだな、ただの使用人だと思って」 「何言ってるの」  孝史郎はレジ袋を玄関口に置くと、なつめの体を抱き上げた。世に言うお姫様抱っこではないか。 「離して。自分で歩ける」 「軽いなあ。ちゃんと食べてる?」 「軽くないわよ。あなた、足」 「足?」  なつめは降参して黙り込んだ。熱で判断力が落ちているせいで、余計なことを口走ってしまった。しかし、もう滑り出してしまった言葉は元に戻らない。孝史郎が笑っている。 「こんなときまでぼくの心配?」 「……もう黙って」
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