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なつめはたっぷり三秒ほど迷った末、扉を開けることにした。追い返すにしても、開けないことには始まらない。安い部屋だが、扉が閉まったままで会話できるほど薄っぺらい扉でもないのだ。そして、いつまでもなつめの部屋の前に男が居座って、妙な噂が立っても困る。
なつめが扉を開けると、孝史郎はほっとしたように微笑んだ。
「良かった、開けてもらえて。お加減いかがですか」
なつめが体調を崩していることも知っていたような口ぶりだ。一体どういうことなのだろう。考えようとして、頭がずきりと痛んだ。
「帰ってくれない?」
「そう思うなら扉開けちゃだめだよ」
「体壊してる人間に面倒くさいこと言わないで。熱があるの。迷惑だから帰って」
「そうもいかないなあ」
孝史郎はなつめの話を聞いていない。扉の隙間から大きな体が入ってくる。
「ちょっと」
「弱った隙にどうこうしようとか、そういうのじゃないから。ぼくのことは、そうだな、ただの使用人だと思って」
「何言ってるの」
孝史郎はレジ袋を玄関口に置くと、なつめの体を抱き上げた。世に言うお姫様抱っこではないか。
「離して。自分で歩ける」
「軽いなあ。ちゃんと食べてる?」
「軽くないわよ。あなた、足」
「足?」
なつめは降参して黙り込んだ。熱で判断力が落ちているせいで、余計なことを口走ってしまった。しかし、もう滑り出してしまった言葉は元に戻らない。孝史郎が笑っている。
「こんなときまでぼくの心配?」
「……もう黙って」
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