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黙り込んだなつめに、孝史郎が微笑んだ。
「ありがとう」
「何、急に」
「心配してくれているように見えたから」
「心配なんて……どうしてそれでありがとうなのよ」
「あなたに気にかけてもらえるのが嬉しくて」
なつめは眉をひそめた。もう終わった関係なのだ。それなのに、少しの遠慮もなくこちらの領域に踏み込んでくる。その図々しさに苛立ちが募る。
しかし、踏み込まれて落ち着かない気になっているのは、なつめが忘れられていないからなのだろう。無遠慮な孝史郎も、未練がましい自分も腹立たしかった。
なつめは立ち上がった。
「今日はこれで失礼します」
唐突な宣言に、孝史郎以上に周囲の上級生たちが面食らった。
「あれ、もう帰っちゃうの?」
「本当は、今日ちょっと用事があるので。時間のあるときに、また来ます。すみません」
嘘だった。もう二度とここに来るつもりはない。それが、女性の先輩には伝わってしまったのかもしれない。明らかに困っている様子だった。
「ああ、うん。またいつでもおいで!」
「はい、ありがとうございました」
うまく笑えているだろうか。自信がない。感情はだいたい表に出してしまうのは、昔からの悪い癖だ。
なつめは丁寧に頭を下げて、逃げるように教室を出た。
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