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一人暮らしの大学生によくある小さな部屋なのだから、短い廊下の先にはもうベッドがある。運んでもらう必要など皆無だったが、抵抗するのが億劫になってしまった。大人しく孝史郎にされるがまま、ベッドに転がる。仰向けになったなつめの顔を、孝史郎が心配そうにのぞき込んでくる。
「熱はどれくらい?」
「三十七度八分」
「結構あるなあ。昼ご飯食べた?」
「欲しくない」
「そう言わず。温めなくても食べられるお粥買って来たから、ここに置いとくね」
「何それ。新手のなぞなぞ?」
「違うよ。そういうレトルトがあるんだって」
孝史郎はベッドの傍の小さなテーブルに、スーパーのレジ袋の中身を並べた。白がゆ、梅がゆ、卵がゆ、などと書かれたレトルトパウチと、プラスチックのスプーンが並ぶ。五百ミリリットルのスポーツドリンク二本は、蓋だけ開けて閉めなおしていた。開けるのが面倒だから飲まない、という言い訳は通用しなさそうだ。
「何かしておいたほうがいいことある? 洗濯とか」
「絶対やめて」
「……冗談だよ」
「病人いじって遊ぶなんて、どうかしてる」
「ごめんなさい」
孝史郎がテーブルの前に座って、黒いボディバッグからハードカバーの本を取り出して開いたのが見えた。居座るつもりらしい。帰れと言いたかったが、もう抵抗するのも疲れた。
思えば、彼と長い時間を過ごすのは、初めてのことかもしれない。中学のころは、ゆっくり話をすることもなかなかできなかった。一緒に出かけたこともほとんどない。それでも、隣に彼がいてくれることで安心している自分を自覚した。自分で思っていたより、心細かったのかもしれない。
なんで来たの、とまで聞く気力は、もうなかった。なつめはゆっくりと瞼を閉じる。
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