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夕方、なつめは目を覚ました。
ひと眠りしたおかげで、少しだが体が軽くなったような気がする。せっかくなので孝史郎が買って来たレトルトのお粥とやらを試してみようと、体を起こす。
孝史郎は、本を膝に置いたままうたた寝していた。重いハードカバーの表紙には、ナショナリズムの精神、という文言が見えた。趣味で読んでいるのではなく、大学の課題で必要なのだろう。課題をこなすのに忙しい中、それでも来てくれたのだと思うと、封じていた気持ちが動く。何故来たのかはわからないままだが。
なつめは、使っていなかった黄色のブランケットを引っ張り出して、孝史郎にかけてやった。もう五月なのだから体を冷やして風邪を引くということもないだろうが、放っておくのもしのびない。
テーブルの方を向き直り、お粥を選ぶ。白がゆか梅がゆのどちらにするか迷っていたら、背後から寝言が聞こえてきた。
「なつめさん……」
ああ本当に。
なんて最低な男なのだろう。
こういうときのお約束というのは、他の女の名前を呼ぶようなことをいうのではないのか。なんで、どうして、こんなにときにまで私の名前を呼ぶの。
意識のない状態で言っていることだ。本気にしてはいけない。耳を貸してはいけない。聞くな。わかっているのに。
そう、どんなに自分に言い聞かせてもだめだった。
なつめの心臓は、どくどくとうるさい。この男を叩き起こしてしまわないかと思うくらいだ。
涙がこぼれ落ちた。自分から手放したくせに。こんなことで心を揺さぶられるくらいなら、初めから離さなければよかったのに。
こんな思いはもうしたくないと、固く誓ったはずなのに。
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