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見てないし、わからないし、覚えてない
あの文芸サークルに行くのをやめて数日、孝史郎に出くわすことはなくなっていた。授業も同じものは取っていないらしく、普通に学生生活を送る上で接点はないようだ。孝史郎の学部は聞いていなかったが、文学部ではないのかもしれない。
いや、一年の内は油断ならない。兄からの情報によれば、学部や専攻が違っても、一年の内は共通の授業を受けることも多いらしいから。
「なっちゃん、どうしたの?」
「えっ」
突然、隣にいた友人に話しかけられて、なつめは我に返った。同じ専攻の同級生で、内海優奈という。大学に来て最初に受けた授業で隣に座っていた時からの縁だった。ピンクのワンピースにベージュのライダースが、甘すぎず、しかし春らしく、そして良く似合っている。いかにも可愛らしい女子大生で、なつめは感心していた。
さらには、なつめとは違い、笑顔を惜しまない女性だ。
「難しい顔してるから……疲れてる?」
大きな黒い目が心配そうになつめを見つめている。首を傾げると、くるんと丸まった小さなポニーテールが揺れた。
「そうかも。ごめんね、黙っちゃって」
「そんなのはいいけど」
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