ムサシとコジロー

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 両親が(のこ)した築三十八年の平屋に戻ったのは、去年の三月。もう一年になる。  ノートパソコンを閉じてコジローが(くつろ)ぐ縁側に出ると、土の上で鎖を引き摺りながら、『ムサシ』が寄ってきた。顔がしわくちゃの雑種犬。眉毛が垂れ下がって見える模様に悲壮感が漂う。けれど、尻尾は思い切り振って千切れんばかりだ。 「散歩行くか」  その言葉を待ってました、と、ムサシは飛び跳ねた。それが癪に触ったのか、コジローがムサシの後ろ頭に飛びついて、高速猫キックを繰り出した。 「キャン!」 「こら! コジロー!」  人が少ない、河原沿いの道の端。生い茂る草に鼻を突っ込んではフンフンと匂いを嗅ぎ、出し切ったオシッコを掛けようと片足を上げるムサシ。ずっと一箇所に執着していたかと思えば、あっさりと次の場所に向かう。そんな様子を見ながら、ダラダラと歩いていた。 「今回は桜のチップにしてみるか?」 「味の違い、楽しみ! チーズも買おうね」 「ほんじゃ、必然的にワインも」  しっかりと手を繋いだ若いカップルが、寄り道ばかりの僕らを追い越していく。この先のホームセンターに行くのだろう。反射的に目を逸らしてしまった。一年前の胸の痛みは、今もまだ健在だ。  (朗報)フリーになりました! 売れない作家先生は捨ててきちゃった!    
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