ムサシとコジロー

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 別れた彼女は、すぐに別の男と付き合い始めたようだった。SNSには顔を寄せ合ったツーショットが並ぶ。  彼女とは結婚を考えてさえいた。まして、僕はこの年だ。彼女は七つも年下だった。明るくてあっけらかんとして、強い子だった。  見上げてきたムサシの悲しげな顔に、思わず苦笑い。 「そんな顔、するなよ」  彼女と三軒隣だったマンションを引き払って、家賃なしの実家に帰った。派遣社員として週四で働く職場に行くのは簡単だ。駅まで徒歩十分。電車に乗れば三十分ほどで市内に到着する。  「週四」は、作家としての意地だ。あくまで僕は小説家。職場(コールセンター)の同僚に、休みの日は何しているのかと聞かれ、「実は……」と話して小さなリスペクトを得るけれど、その実、自分に言い聞かせて、何とか立っている一本の葦だ。  ムサシに引っ張られながら歩いていると、パーカーのポケットに入れていたスマホが鳴った。  メッセージの差出人を確認して、思わず顔が綻ぶ。 「小暮(こぐれ)さん」  相変わらず猫舌の小暮さんは、唇を尖らせてソロソロとコーヒーを啜った。にも拘らず、「アチッ!」と丸い体を震わせる。僕は同じ温度のものを躊躇いなく飲み込んで、言った。 「それにしても、栄転おめでとうございます」 「いやあ、栄転だなんて。まあ、なんとか頑張りますよ」  目尻の皺が増えた小暮さんは、口の両端を上げて微笑んだ。よく打ち合わせしたこのカフェは、相変わらず人で賑わっている。
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