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【陶器のように滑らかな彼女の頬に、涙がひと筋こぼれた】
「はぁー!」
僕は両手の拳を天井に突き上げ、大きく伸びをした。気をつけているのに最近締まらない腹が、空気に触れてひんやりする。締め切りに間に合った。満足気に溜め息を吐きながら、畳に仰向けになる。
子供の頃から変わらない照明器具。その端から、蜘蛛の糸が伸びて光っていた。ーーと、座卓の上でカチャカチャとキーボードの音が。
嫌な予感に慌てて飛び起きると、所々禿げた茶トラ猫が、サッとそこから飛び降りた。
「うわぁっ!」
どうやってやらかしたのか知らないが、更新した文字が消えて、意味不明な記号の羅列がノートパソコンの画面に残っている。
「嘘だろ!」
僕はCtrlとZキーで、画面の文字を慎重に一つずつ戻す。茶トラが消した文章が現れると脱力して頭を垂れた。それからできる限り鋭い目で、奴を睨む。
「コジロー! お前〜」
大きな体のコジローは悪びれず、知らん顔で歩いていく。
「……ったく」
悪態をついてPCに向き直り、保存したファイルをメールに添付した。宜しくお願いします、と担当の山口さんに送信。
僕は売れない小説家だ。
一欠片の才能にしがみついたまま、四捨五入すればもう四十歳。
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