出会い

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出会い

家出少女との出会い さっぱり分からなかった。その時彼女が言った言葉が。彼女はこう言ったのだ。 「私と共に世界を見よう」と。 その夜は満月だった。日本文学全集から三島由紀夫の巻を本棚から取り出して2時間ほど読みふけっていた。窓の外では周囲の家々の灯りは皆消えている。 いつものように、真っ暗な闇が広がる中で唯一明明と灯った蛍光灯の下で読書に励んでいたのだが、そろそろ疲れてきたので、夜食でも食べようかと、財布を持って近所のコンビニまで出かけたのだ。 住宅街からコンビニのある交差点まで行くには、名谷公園を通り過ぎないといけないのだが、ちらっとそっちを見ると、小さい人影が見えた。僕は思わず二度見した。こんな深夜に子供が一人、ブランコを漕いでいる。もう秋も半ばでこの時間は若干寒くなってきている。立ち止まってよく見てみると、俯いてブランコに跨りながら何か呟いているようだった。一旦は気を取り直しそのまま通り過ぎてコンビニに向かおうとしたのだが、もう一度ちらりと振り返るとやはりどう見ても小さな女の子だった。ポリポリと頭をかきながら、仕方なく、僕は公園へ入り、ブランコへと近づいていった。 近づいてゆくと、電灯と月明かりで女の子の容貌がはっきりと見えてきた。長い髪をした綺麗な子だ。白いセータに黒いパーカを羽織っている。まだまだ幼いが大人になったらさぞかし美人になるだろうと見て取れた。 「え?」 驚いたようにその子は僕を見た。僕も彼女を正面から見据えた。お互いが無言で見つめ合った。 だが、やがて少女は再び視線を地面に落としてしまった。仕方ないな、出来たら家出少女になんて関わりたくなかったんだけど・・・。 「あのさ、こんな時間にどうしたの?」 一応形式的な事を訪ねてみる。無意味だろうと思いながら。女の子はちらっとだけ僕を見て「別に」とそっぽを向いた。予想通りの成り行きだったので、僕はコンビニの方を向き直りながら言った。 「あのさ、これからコンビニ行くんだけど、一緒に来る?」 家出少女と買い物 まさか本当についてくるとは思わなかった。だが、この程度の行動なら後で発覚しても誘拐と断罪されることはないだろう。少女は興味津々に商品を眺め回していた。まさかコンビニに来たことがないのだろうか。気にせず僕は予定通りゆで卵とサンドイッチとナッツの袋詰をカゴに入れた。少女のはちょこちょことと後を付いてきていたが、お弁当コーナーでグラタンをじっと見つめていた。 「それにする?」 出来るだけ優しい声色を出すように努めたつもりだった。その子は僕の方をちらっと見たけど、肩を落とし、「お金がないから良い」と言った。しかし、言い終わる前に彼女のお腹が音を立てて鳴った。恥ずかしそうにお腹を抑える女の子の頭を思わず撫でてしまった。 「買ってあげるから、好きなの選びなよ」 結局少女は海老グラタンとオレンジジュースを選んだ。温めてもらったグラタンが入った袋を手にソワソワとしている。早く食べたいのだろう。それにしても、自分でも何故こんな小さな家出少女を連れ回しているのだろう。軽い家出にしては遅すぎる時間帯だし、両親が必死になって探しているはず。というか、警察に捜索願が出ている可能性が高い。冷静に考えてみると、今はまだなんとか言い逃れられるが、今すぐにでも交番に連れて行かないとまずいと思い至った。だけど、何も言わずに問答無用で連れて行くような真似はしたくなかった。だからさっきの公園までもう一度戻ることにした。何より少女のお腹がもう持ちそうにはなかった。先程からぐうぐうと音が鳴り続けている。 ベンチに並んで女の子は夢中でグラタンを頬張っている。コンビニの出来合いの商品だから個人的にはそこまで美味しいものではないだろうと思うのだが、彼女は話す間もない程休まず食べ続けていた。僕は仕方なく隣でナッツをポリポリと齧っていた。やがて食後のオレンジジュースを飲んでようやく人心地ついた彼女に僕はおずおずと交番に行こうと相談した。 「どうして?」 多少打ち解けたのが一気に降り出しに戻ったような固い声だった。 「もう夜中の2時だよ?お母さんたち今頃すごく心配していると」 「してないよ」 言い終わる前に少女が遮った。 「え?」 「してない」 真っ直ぐな目線だった。 「んー・・・。そっか。」 普通に考えればとても同意できない答えだ。だけど世の中は普通の事ばかりではない。彼女の目に僕は真実の響きを感じたのだった。 「じゃ、僕の部屋においでよ」 彼女はびっくりしたように目を丸くしたけど、すぐに俯いてしまった。 「どうして?」 「だって、こんなところにいたら風邪ひいちゃうよ。もう寒くなってきてる」 「・・・」 「大丈夫。もう交番に連れて行くなんて言わないからさ」 彼女は5分ほど俯いて悩んでいただろうか。それでも最終的にはゆっくりと僕の手を取ってくれた。 「君、名前は?」 「綾」 「そうか。いい名前だね」 「あなたはお名前何ていうの」 「僕は空。喜多羅空っていうだ」 「ふぅん」 帰宅 「ここが空の部屋・・・」 どうもこの少女はあまり口数の多い性格ではないらしい。彼女は僕の部屋を興味津々にキョロキョロと見回していたが、疲れていたのだろう、「ふわあ」とあくびをもらした。 「布団敷くから、今日はもう寝なよ」 「うん」 布団に包まるとすぐにスヤスヤと寝息が聞こえてきた。その穏やかな寝顔を見ながらとうとう取り返しのつかないことをしてしまったのではないかとちょっとがっくりした。だけど、まあいい。どうせ元々碌でもない人生だ。なるようになるさ。 こうして僕と綾の奇妙な共同生活が始まったのだった。
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