うちに透明人間がいます

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 伊庭は透明人間の女の子を自分の部屋に呼んだ。  伊庭は自分の部屋のベッドを見た。ベッドの端の布団がちょこっと凹んでいた。そこに透明人間の女の子が座っているのだ。  これなら位置がわかりやすい。今度こそ狙いは外さないぞと、伊庭は布団のちょこっと凹んでいる隣に腰を下ろし、まずはその肩に手を回そうとした。  その時、 「一郎? お友達が来てるの?」  伊庭の母親が部屋の扉の向こう側から声をかけてきた。 「えっ!? ううん。誰もいないよ」  うちに透明人間がいます――なんて言っても、目に見えないから母親は信じないだろうなと伊庭は思った。  気のせいかと母親は頭を左右に振りながら息子の部屋の前から立ち去った。 「危なかった。うちの母親、妙に勘がいいから。あれがいないときに家に呼べばよかったね。あ、いまテレビつけるよ。よし。これで遠慮なく喋ってもいいよ。テレビから流れる女の子の声だと思うから。はあ……」  これからキスしようという伊庭の気は完全に削がれてしまった。 「透明人間の私の気配に敏感な人はいるよ。息を潜めないと逃げ場がなくなるときだってあるし」 「捕まったらどうなるんだろう?」  そう言って、伊庭は透明人間の女の子の肩に手を回した。そこにやわらかい感触はあった。右肩のようだ。ただ、手を握ったときもそうであったが、目に見えないものに触れるというのは、扇風機の風に触れているような感覚を得るものであった。 「さあ。捕まったらどうなるんでしょうねえ。伊庭さんに肩を掴まれてしまいましたけど?」 「あ、うん」 「ふふ。親に内緒で男の子の部屋に上がり込むなんて、普通の女の子にはちょっとできないよね」  透明人間の女の子は笑った。 「そう、だね」  二人は付き合うことになって一ヶ月ほど経っていたが、透明人間の女の子の身の上話を伊庭から聞き出すことはなかった。この女の子、なにか特別な事情があって透明人間なんてものになってしまったのだろうし、それは悪いことを聞いてしまったと後悔するのはわかりきっていたからだ。  ところが、意外なことを透明人間の女の子は言い出した。 「私、やっぱり、普通の女の子みたいに恋はできません」 「そ、そんなことないだろ」  伊庭は慌てて首を左右に振って否定した。 「俺が普通でないのかもしれない。だって、ほら、この間さ、告白してきた女の子の正体は何だったと思う?」  透明人間の女の子は黙って首を左右に振った。その姿は伊庭には見えなかったが、沈黙が「わからない」という返事だと思って話を続けた。 「地底人だったんだ。シャンバラってところから来たと言っていた」 「信じます」 「信じちゃうの? 普通の人なら、昨日読んだ漫画かよって笑うのに。あ、君のこと普通じゃないって言ってないぞ」 「ふふふ。大丈夫です。あのね、私も幽霊見たことあるんです。幽霊さんでも透明人間の正体は見えないようでして、私のほうから声をかけたら、幽霊さんが驚いちゃって。慌てるように逃げて行っちゃいました。おかしいでしょう? あはは」  透明人間の女の子はケラケラ笑った。  そこは俺も笑っていいんだろうか、と伊庭は思った。
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