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「韓忠さん~。そろそろお部屋から出てきてほしいだよ~」
情けない声が宛城に響く。
趙弘の声だ。
韓忠の部屋の前で扉の向こうにいる韓忠に話しかけていた。
南陽郡黄巾軍総指揮官張曼成。
彼が暗殺され、直後に韓忠は部屋に籠ってしまった。
曰く。
「こんな殺人鬼がいる場所にいられるか! 俺は部屋に帰らせてもらう!」
周りの人間が「そのセリフはヤバい」と止めても韓忠は無視して部屋に籠ってしまった。
その後、すぐに犯人がわかる。
介億。
彼は安衆国の国相をやっていた男だ。介億が実行犯なのか、それとも手引きをしたのかはわからない。しかし、張曼成が死んだ直後に姿を消している。
彼は他の県令たちのように心から黄巾軍に賛同していたわけではなかった。
確かな証拠があるわけではない。それでも、介億が何らかの形で関わっているのは確実だった。
しかし。
しかしである。
怯懦の将、韓忠はそんなことでは納得しなかった。
「ななななんで、かかか介千万だけが、ははは犯人だと、いいい言い切れる!? かかか介千万を、こここ殺して、ししし処理して、つつつ罪を介千万に押し付けて、じじじ城内に、ししし真犯人が潜伏してるかも、ししししれないじゃないか!」
泣きながら、そう言った。
それを聞いて趙弘は反論ができない。
その可能性が十分にあったからだ。
そして、韓忠の娘韓金が静かに首を振った時、決は成った。
韓忠が部屋に引き籠るという決が。
韓金が韓忠の世話をしている。
食事を運び、部屋の外で起こったことを報告した。
ちなみにこの韓金。韓忠の実の娘であるのだが、韓忠本人は気づいていない。『娘を自称してくる得体のしれない子ども』という認識だった。
「ちちうえ~。敵が攻めてきたよ~」
しかし、そんな得体のしれない生き物に対する恐怖よりも、得体のしれない生き物が口にした言葉の方が億倍も恐ろしい恐怖だった。
「なななな!?」
韓金の報告に、韓忠は床几から跳ね起きる。
現実はいつだって韓忠に牙を剥いてきた。だから韓忠は逃げてきたのだ。牙をむき出しにした獣が目の前にいたら誰だって逃げる。しかし、そうやって必死になって逃げれば逃げるほど、獣はどんどんと強く、大きくなっているようだった。
それでも韓忠が生き残ってこれたのは、韓忠の性格により培われた勘である。
韓忠は、韓金がもってきた情報から、死の気配を濃厚に感じたのだ。対策を練らねば死ぬ、と。
そして韓忠は一週間ぶりに部屋から出たのだった。
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