第1章 足の速さに自信ある?

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俺が能美センパイを面白くない気持ちで見ている理由のうち、かなり上位にランクインしているのが、前述の「恋愛」に関する件だ。 センパイは、昼夜もない激務のAD生活な上、あんなふうに軽率に色気を振りまいたり軽率にナンパまがいの言葉を口走ったりするくせに、本命の彼女がいるらしい。たまにいそいそと仕事を捲きで終わらせて帰る姿を見ながら、神田Dがあいつ今日デートかよ、なんてつぶやいてるのを見るし、本人も否定したりしないから、間違いないのだろう。 自分は決して不幸じゃないとは思っているけれど、センパイに関してだけは、リア充め、的感情が湧いてくるのを禁じえない。何もかも恵まれている人間というものは、存在するのだ。 「お、能美~お疲れちゃ~ん。お疲れついでにコーヒー入れてよ~」 「了解っす! 今ならオプションで肩もみ券付けますけど?」 「それは遠慮しとく~。お前ヘタそうだもん」 「神田さん、ひっど! 泣いていい?」 「いいよいいよ、誰かなぐさめてやって~」 部に戻るなりセンパイは、さっそく神田Dとの軽口の応酬をやってのける。整った顔立ちをしているくせに、無精ヒゲにボサボサの伸びっぱなしの髪が若干鬱陶しい、オフモードの神田さんは、チャラゆるい口調がハマりすぎて怖いくらいだ。俺が私がとなぐさめ役に立候補する声に笑い声がまじり、「バラエティ」と書かれた札の垂れ下がった制作室の一画に明るく響いた。 悔しいけれど、センパイは愛されキャラだ。セリフこそ毎回違うが、日に何度と見るこんなシーンに、ため息が出た。悔しいけれど、認めるしかない。どれだけ悔しがっても、仕方がない。 この立ち位置に、この扱い。ついこの間まで……ここに入社する前までは、まさに俺が居たポジションだった。 ーーー第1章 了
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