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「そうそう、昨日さ、香苗にこれ買ってやったんだけど」
ヨリが引っ張り出してきたショッパーには、有名なアパレルメーカーのロゴが付いていた。メンズも取り扱いのあるブランドなので、俺たちにも敷居が低い。何度か一緒に買い物に行ったことがあった。
「俺が試着するわけにも行かないからレジ直行だったんだけど、ゼン、ちょっと着てみてくれない? サプライズでプレゼントしようと思って買ったんだけど、サイズとか不安でさ」
「はあ? 何言ってんのお前。香苗ちゃん、さすがにそれは嫌がるだろ?」
「試着だから大丈夫だって。他にも何人か着てるだろ?」
ヨリはたまに、こんな感じでとんでもないことを言い出す。
「わりと男女兼用な感じだから大丈夫だって。香苗とお前って、サイズも雰囲気も似てるし」
たしかに身長はほとんど同じだし、髪の色も似てる。だけど基本的に性別が違うだろ。好きな女に雰囲気が似ていると言われて、少しでも嬉しいと思ってしまった自分が情けなかった。その気持ちの隙間に、ヨリの声が入り込んで、ぐいぐいと背中を押す。
「お前に似合えば、きっとあいつにも似合うと思うんだよな」
冷静に考えれば、この男の支離滅裂さはわかるはずだ。けれどその時の俺は、全然冷静になんてなれなかった。
「……似合うな、お前」
無神経な幼馴染が、感慨深げに呟いた。
襟ぐりの深めなカットソーは、胸元がすうすうして落ち着かない。
「よし! 大丈夫だな」
満面の笑みになったヨリを見てホッとした俺は、脱いだ洋服を渡しながら、危うく自分の立場を忘れそうになっていた。
これをもらった彼女は、次のデートでこれを着るのかな。それを見てヨリはまた、似合うなって言うのかな。俺がこんなふうに贈り物をされる日なんて、永遠に来ない。
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