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足は速いか、と訊かれた。入室前から緊張で心臓が口から飛び出しそうだった俺は、その瞬間、相当間の抜けた表情をしてしまったに違いない。そのときプッと吹き出した面接官の顔が、忘れられない。
かろうじて濃いグレーのジャケットを羽織ってはいたが、ノーネクタイ。長机の下から覗く足を覆うのは、お世辞にもピンとしてるとは言えない、チノパン。会社員、というよりは、いかにもなテレビマン。長めの黒髪を後ろで無理やりひとつに括り、柔らかい口調でしゃべる、垂れ目の男だった。歳は、その時は無精ヒゲがなかったからか、俺より少しだけ上くらいに見えた。面接官にしては、若すぎる。そう思ったら、途端に緊張感が抜けた。
「光井ぃ、もう場見っちゃった?」
「あ、やっときましたー」
「助かる助かる、お前はホントに飲み込みが早いな!」
「いえ、もう3ヶ月なんで」
今日は愛想笑いを返す余裕もある。左の口元にできるえくぼがポイントの、自慢の笑顔だ。これを武器にどれだけの局面を乗り越えてきたのだろう。
「よし、じゃあホン直したヤツ持って楽屋行ってくれる?」
「はい!」
「走れ~!」
「はいっ!」
事あるごとに走れと命令を下す、この人こそがあの時の面接官。神田 晴久、ここテレビサンライズの敏腕ディレクターだ。「テレビマンは、いつ何時でも全速力で走れるようにコンディションを整えておくべき」が彼のモットーらしい。が、本人が走っているところには、まだお目にかかったことがない。
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