第1章 足の速さに自信ある?

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「失礼しまーす! お弁当でーす」 弾むような声とともにドアからのぞいた顔を見て、思わず眉間に皺を寄せてしまった。 閉まるドアの風圧に、ウェーブがかった茶色い髪がふわりと弾んだ。 「おっ、待ってたわ」 「まぁまぁ、ちょっと入ってけよ、お菓子もあるし」 「マジすかーうれしー」 この歓迎ムードはなんだろうか、と当初は不思議でならなかった。ロンダーさんに限らず、こんな空気になるのだけれど、この人も単なるADだ。 「あ、善之助(ぜんのすけ)じゃん。おつ~」 演者に気遣って、すれ違いざま一応小声で話しかけてきた様子だが、小さかろうが大きかろうが、それが俺にとって不快なことには変わりない。 「能美(のうみ)センパイ、お疲れ様です。今朝見かけなかったですけど……」 「あ、俺ヘルプで出てたから~」 能美 直生(なおき)。俺と同じ神田チームのADで、入社年度的にはひとつ先輩に当たる。年齢もひとつ上らしいこの人は、目立ってバリバリ仕事をこなすタイプでもなければ、向上心や野心をむき出しにして上を目指しているようにも見えない。なのだが、結果的に仕事ができる。類まれなる対人スキルも持ち合わせているらしく、上司から演者にいたるまで、彼と関わった人間は皆、彼を気に入ってしまう。 あいつは特殊だから。俺のセンパイに対するモヤモヤした気持ちを見抜いた神田さんが、釘を刺すように言ったのが忘れられない。あいつは特殊だから真似しようとするな。別に真似たいとも思わないが、理不尽だなぁとは思う。世の中には先天的に愛される人間というのがいる。
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