第1章 足の速さに自信ある?

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俺の顔をのぞきこむ仕草に満面の笑顔。悔しいけれど、動揺を抑えきれない。 俺のことを可愛いと言い張るこの人こそ相当な見た目だ。長い睫毛によく動く大きな瞳。くっきり二重はインパクトも強い。俺と同じくらい不健康な生活をしているはずなのに、やけに血色の良い唇は、思わず触れたくなる、と男女問わず評判だ。天が与えし可憐な造作の顔面に、ゆるいウェーブがかった茶色い髪がよく似合う。162センチの俺より少し高いくらいの身長と、「STAFF」とデカデカと印字してあるネームプレートだけが、かろうじて芸能人と区別できる点かもしれない。 おまけに今日のセンパイの服装ときたら。 パステルイエローって何?アイドルもびっくりだ。中に来た白いTシャツと、カーキのカーゴパンツのバランスも絶妙だ。 今日の自分を可愛らしく演出してくれているはずの、ビッグシルエットのトレーナーがグレーなことに、妙に苛立ちを感じる。 その上、テレビマンという裏方職業に就きながら、この人は目立つことが好きだ。打ち上げなどの飲みの席では、尻込みする俺たち新人をよそに率先してお立ち台に上がるような人だ。 普段表舞台でそれを生業としているタレントさんたちには、裏に引っ込めば静かに酒の味を楽しみたい人が多い。オフタイムにまで人を笑わせていられるかっていう気持ちは痛いほどわかる。故に、能美センパイは重宝がられる。裏で盛り上げる役を買って出る若いやつがいることを、喜んでくれるタレントさんは多いのだ。 「センパイ、あんまり軽率にそういうこと言わないほうがいいっすよ?」 「そういうことって?」 無自覚かよ。ほんと性質が悪いな。 「その、軽々しく俺のこと可愛いとか」 「ははっ。嫌だった? ごめんごめん」 「……」 突っかかる後輩に対して、この気さくな対応。小首をかしげた「可愛い」の言い方も自然だった。そうやって、嫌だと感じさせないところが嫌なんだ。 「もういいです。戻りましょう」 「そうだったな。行くぜ!走れAD!!」
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