第1章 足の速さに自信ある?

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男の俺に対して、まるで女の子にするみたいなナンパな態度。もし相手がそっち側の人間だったら、2人きりで入った資料室かなんかで押し倒されかねない。能美センパイの言動には、普段からそういう傾向がちらほら見られる。 そっち側。なんでそんな心配をしてしまうのかというと、それは俺自身がそうだからだ。学生時代に男女構わず転がしていたのは、全くその気もないのに、というわけでもなかった。ごりっごりのゲイではないけれど、どちらかというと男のほうが好き。いや、パーセンテージで言うと、8割くらいそっち側だから、どちらかとは言わないな。ほぼほぼゲイ。思春期以降はそんな感じだ。 能美センパイからは、同族臭がしない。同性に媚びる様子もないし、無意識に張ったバリアみたいなものも感じない。ありがちな計算高さや駆け引きとも無縁な気がする。たぶんあれは天然物だろう。 ただ、性的嗜好がそうだからといって、俺は男相手の恋愛経験が豊富なわけじゃない。同性に恋心を抱くのは、一度で懲りてしまった。最初に好きになってしまったのが100%ノンケな幼馴染だったがばかりに、10代の前半で不毛という言葉の意味を知ってしまった。 人の心は弄ぶくせに、自分の心は動かさない。自己防衛本能のなせる技だと思う。恋愛を諦めた俺は、同属の集まる場所に出入りし、性的経験値ばかりが増えていくというありきたりなゲイライフを送っていた。 でも、会社が会社だ。卒業して就職してからは、もちろんそんな暇もなく、毎日が猛スピードで過ぎていくだけ。学業もだったけれど、仕事やノルマには元来勤勉な性格なので、とにかく必死に働いている。欲求不満も感じる暇がないのはありがたかったけれど、睡眠とか休息みたいな新たな欲求を、ひしひしと感じる日々だった。
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