「叶わない」そんな恋を生きる為に。

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何時からこんな関係になったのかは定かではない。好きだと喚く僕の言葉に応えてくれたのが始まりだった様な気もする。宇田川さんは今日も僕を抱いてくれる。ただそれだけが、代え難い事実。僕はどんな形でも良いから傍に居たかった。  閑静な住宅街に佇むマンションに足を踏み入れる。毎週土曜日、ここに来る。どんなジレンマに苛まれようが、訪ねて来てしまう。寒さを纏った空気が鼻を摩る。もうすっかり秋が終わろうとしている香りだった。指先が冷たくなっていく。 『ピンポーン』  緊張した面持ちで宇田川さんの部屋のベルを鳴らす。スッとドアが開くと、腕が伸びて来た。グッと手首を掴まれ部屋の中に引き込まれる。 「まこと、遅ぇよ。」 「あ、、、あ。」  理由を言おうとした瞬間、唇を奪われた。長身の宇田川さんが僕に覆い被さる様に、深く唇を合わせて来る。何も考えられなくなる程、貪られる口内。 「あ、ふ、、、んん。」  頭の中がどんどん宇田川さんで一杯になる。堪らないくらいに切なくなった僕は、宇田川さんの背中に指を這わせた。指が切なく震えてしまう。濃厚なキスに段々と立っているのも辛くなって来た。このまま溶けてしまいたいと思う程に。そんな事を考えていると唇が離れていく。互いの口の端からは唾液が糸となって伝っている。僕はそれを見て、更に興奮した。切ない思いで、宇田川さんを見ようとしたら、今度は俺の首筋に舌が這わせられた。 「ぃや、、ん。ん、、、、んん。」  首筋が弱い事を熟知している、宇田川さんは舌を巧みに使い吸ってくる。 「あ、あ、、、痕付いちゃ、、、、駄目ぇぇ。」  身体を震わせながら懇願する僕を余所目に何度となく、首筋に痕を付けていく。宇田川さんは執拗に首筋を攻めて来る。 「も、、う、、。駄目、、で、、、す、、。あ、、、。」  その瞬間、宇田川さんの手がいつの間にか、ベルトが緩められていたGパンに侵入して来た。僕の尻を両手で力強く揉みしだく。密部が擦れる感覚に嫌でも反応してしまう。こんな玄関先でこんな事をしていてはいけないと、思う反面気持ち良さに頭の中が痺れて行く。擦られている密部が次第に湿っって行くのが分かり、僕は恥ずかしくて顔が赤くなって行くのが分かった。 「また、尻触ってるだけで、こんなに濡らしてんの。お前、淫乱だな。開発されきってんのな。」  宇田川さんは意地悪を言う。当たり前だ。宇田川さんにとって僕は、性欲処理の道具でしかないんだから。 「まこと、ほら、自分ばっか気持ち良くなってねぇで舐めろよ。」  僕はおずおずと床にしゃがむと、宇田川さんのスエットを下げる。下着の上からでも分かるくらいに、宇田川さんの肉棒は盛り上がっていた。下着も下すと、いきり立った宇田川さんの下半身が露わになり息を飲んだ。 「ほら、早く咥えろ。」  僕は頭を押さえられて、宇田川さんの肉棒を一気に飲み込まされた。 「う、、、、げほっ、げほっ。」  喉の奥に当たり、思わず口を離してしまった。 「何だ、こんなこともできねぇの?躾が足りてないな。」  宇田川さんはそう言うと、僕を抱きかかえ寝室に向かって行った。ベッドの上に無造作に放り出された。息を整えていると、宇田川さんはボックスから開口器を取り出し僕の口に装着した。僕が困惑していると、宇田川さんは冷静に言い放った。 「お前の口の中を躾けてやるんだよ。」  僕が恐怖で涙目になっているのにも構わず、宇田川さんは自身の肉棒を口内にぶち込む。僕の口内に何度となく出し入れを繰り返す。 「まこと、ちゃんと舌も使え。」  苦しくて涎でべちゃべちゃになりながらも、必死で宇田川さんの言葉に従う。喉の奥を突かれ、嗚咽をしている僕を余所目に、宇田川さんは執拗に口内を犯し続ける。そそり立った肉棒を上顎に擦り付けて来る。それが気持ち良くて、更に涎が止まらなくなる。僕が悶絶していると、口内から肉棒が引き抜かれた。宇田川さんは開口器を取り外してくれた。僕は既に肩で息をしていた。すると、僕の密部にひやっとした感触がした。 「媚薬入りのローションだよ。お前好きだろ?」 「え、、、、嫌ぁ。嫌だよう。」  そんな僕の声も虚しく、宇田川さんは密部にたっぷりとローションを塗っていく。体格差がある為、僕の抵抗は何の効果もない。 「お前変態だもんな。こんなんされて、前も後ろもぐちゃぐちゃだもんな。」  宇田川さんは余っている左手で、僕の乳首を潰すように弄る。 「あ、、ん、、、、、はぁぁぁ、、、、・」 「何だ。乳首潰されて喜んでんのか。この変態が。」  密部と乳首を攻め立てられて、僕は意識が飛びそうになる。僕は目を瞑り、意識を保とうとした。すると、密部にあった宇田川さんの指が抜かれ肉棒が一気に挿入された。 「ああああ、あ、、、ああああ。」  激しく揺さぶられる腰。ガクガクと身体が震えた。僕はもう訳が分からなくなってしまった。媚薬入りとは、本当の様で僕は直ぐに果ててしまった。 「おい、まだおわってねぇぞ。」 「や、、、いや、も、、、む、りぃいいいい。」  僕の言葉を掻き消すかの様に、宇田川さんの腰は止まらない。涙を流しながら僕は首を横に振る。それでも止まらない行為に僕はついに、意識を手放した。  また、やりすぎたかな。反省しながら俺は、横で寝ているまことに目線を落とした。でも、これで良い。俺は決心が鈍らない様に、遠くを見る様に目線を泳がせた。  車のエンジンを掛けながら自己嫌悪に陥る。もうすぐ夕方を伝える空は、オレンジ色に輝き出そうとしていた。広い車内にひとり。とてつもなく淋しい時間だ。心の底が抉られる様な感覚に襲われる。真っ直ぐ前を見ながら運転をしていたが、景色が滲み出して来たので道の傍らに停車した。いつまでも踏ん切りが付かない気持ちを抱えながら、ハンドルに顔を埋めた。溢れ出る涙が、僕の頬を伝っていくのが分かる。自分の気持ちに素直に生きたいと願いながらも、そう出来ない不甲斐無さに打ちのめされる。何もかも捨ててしまいたいと思う。このまま、遠くへ行きたい。誰も僕の事を知らない世界に行きたい。そんな意味の無い事を考えていると、涙は更に溢れて来る。 「一番駄目なのは、僕じゃないか。」  誰の所為でもないのだ。宇田川さんは僕の気持ちを知っているから、あんな関係を続けてくれている。僕は宇田川さんに甘え過ぎている。でも、好きな気持ちにも嘘を付きたくはない。頭の中がこんがらがってしまう。 「どうせ、来週も来るくせに。」  自嘲気味に呟く。僕はこのジレンマから抜け出せるのだろうか。声を出して思いっ切り泣いた。これで何かが吹っ切れる訳でもないが、心が少し軽くなる様な気がした。  俺は少しソワソワしていた。珍しい事にまことが泊まりに来ると言うのだ。まことに明日の確認で電話を入れた所「仕事が早く片付きそうだから、泊まりに行きたいんだ。」と、おずおずと言われた。それなら、久し振りに二人で飲もうかと言う話になった。会社の近くでも飲むだけなら良いか、それとも俺の家で飲む方が楽か。俺は考えを巡らせていた。 「何で俺、浮かれてんだよ。ガキじゃあるまい。」  浮足立っている自分に喝を入れた。俺が本気になってどうすんだよ。あいつに付き合ってやっているだけだ、と。それでも、口の端が持ち上がってしまうのは不可抗力であった。  結局、会社の近くで飲む事にした。俺とまことは同じ大学の先輩、後輩。加えて同じ会社に勤めていれば二人で飲む事に何ら不思議はないのだ。.先に終わった俺が会社のカフェでコーヒーを飲んで待つ。金曜日の夕方では、ここに足を踏み入れる奴も少ない。まことを待っている間、手持無沙汰にならない様に書類に目を通す振りだけでもしておこうと目線を下げた。小一時間経った頃、まことから連絡が入った。俺のコーヒーも既に空になろうとしていた。いそいそと支度をし、会社の出入り口に向かった。  すっかり空は暗くなり、それなりの寒さも携えていた。もうコートを出す時期かなと、悠長に考えていた。外を見渡すとこじんまりとした後ろ姿が、寒そうに肩を縮ませていた。 「まこと、お疲れ様。」  肩の隙間から顔を出し、縮こまっていたまことに声を掛ける。 「お、お疲れ様です。」  ピクリと肩が震え、瞬時に耳まで赤くなったまことが応える。「可愛い奴」心の中で唱え先に歩き出した。まことがその後を追いかける様に付いて来るのが背中越しに分かった。 「お前、腹は?減ってんの?」  振り向かずに問う。小走りで隣まで追い付いたまことは「何でも大丈夫」と俯き加減に言う。何でそんなに自信が無さそうにしてんのかと思った。が、こいつをビビらせてるのは俺かとも思った。少し不憫な気がして、まことの頭に手を乗せてグリグリと撫でる。 「今日は久々だから飲もうぜ。」  二人でイタリアンを摘まみつつ、肩を並べてワインを飲んだ。ほろ酔いになった俺は、いつもの「俺」が崩れている気がした。常にこいつがこれ以上、俺という沼に嵌らない様に接して来たはずであった。それは誰の為でもなく、こいつの為に。なのに今日ばかりは、そんな事もどうでも良くなってしまっている自分がいる。  俺の前では緊張ばかりしているまことが、酒の力も相俟って普段の笑顔を取り戻している。そんな顔を見ていると否が応でも、可愛いなと感じてしまう。笑顔の破壊力が半端ないのだ。可愛い。甘やかして、俺から離れられなくしてやりたい。大切にしまっておきたい。学生の頃の様に満面の笑みで俺と時間を過ごして欲しい。そうしたらもう、離さないのに。これ以上に無く愛してやりたい。俺も大概、酔っ払っている。でも今日くらい良いじゃないか。  俺の中での会議が行われている中、まことを見詰めると空になったグラスを指で弄っていた。まことは見た目に寄らず酒に強い。目がもっと飲みたいと言っている。 「もっと飲みてぇ?飲むなら場所変えよう。バー行くかホテル行くか。」 「ホテル、、、、。」  口を尖らせながら小声で答えが返ってきた。へぇ、こいつ酔ってねぇな。俺は直ぐに勘付いた。 「金曜日でも案外取れるもんだな。」  オフィス街のタワーホテルにチェックインをし、外を一望出来る窓越し呟いた。スーツの上着を脱ぐとまことがハンガーに掛けてくれた。その愛らしい姿たるもの。 「嫁が出来たら、こんな気分か。」  その言葉に肩を竦ませるまこと。俺は、まことの背後を取って覆い被さる。 「ほら、まだ飲むんだろ?」  耳元で囁く様に問いかける。まことが顔を真っ赤にしながら頷いた。俺は背後霊になった様に纏わり付いて、部屋から酒を頼むまことに付いて周った。注文を聞いていると白ワインのデキャンタを頼んでいた。どうやらまことは俺が、白ワインが好きな事を覚えててくれていた様だ。 「お前、本当に可愛いな。」  俺の溢れ出た心の声に、まことがびっくりした様子だった。あ、俺、今の声に出てたんだ。自分の感情を押し殺せなくなっている。もう、それでも構わないと思い始めていた。普段、殺していた感情が止めどなく溢れ出している。  白ワインが届き大きな窓の前のテーブルで本当に二人だけの世界になった。まことは宇田川の話にコロコロと笑う。その様子が可愛いと言わんばかりの宇田川の顔は崩壊している。余り笑う事の無い宇田川までも笑顔である。二人の会話は学生時代の想い出話や仕事の愚痴など、どこにでもいる青年の会話であった。デキャンタを飲み終えた二人は、それでも会話が途切れなかった。  こんなに宇田川さんと会話出来たのは何時振りだろう。僕が好きだ何んだって言わなければ、ずっとこんな楽しい時間が過ごせていたかもしれない。そんな後悔が頭を過ぎった。今の関係を望んだのは僕だから、そんな我が儘な考えをしてはいけない。それに、宇田川さんと身体の関係だけでも続けられている。僕はそれで満足しなきゃ駄目だ。こんな宇田川さんと一緒に居ると心が折れそうになる。ずっと、ずっと、傍に居たいんだ。  俺は最早、完全なる酔っ払いになっていた。まことは可愛いし、幸せだななんて思いを巡らせていた。それと同時に俺はやはり男なのでこんな可愛いのが目の前に居るのに、手を出さない訳もなかった。まことににじり寄って行く。ソファーで無防備な姿を晒しているまことに、口付けた。一瞬驚いたまことも、直ぐに反応して来た。 「あ、、ふ、ん。あ、、、あ、ん。」  まことの厭らしい声が部屋中に響き渡った。俺は優しくまことの口の中を浸食していく。舌を絡ませ、吸い上げる。たったそれだけの行為で、まことの身体は熱を持って行く。俺は堪らなくなり、まことの髪の毛に指を絡め、角度を変えながら丁寧に口の中を犯す。どの位の間、唇を重ねていたのだろうか。今までしてきた中で、最も濃厚な口付けだった。もう、俺は理性を失ってしまっていた。フレンチな口付けをしながら、まことを抱き上げる。丁寧にベッドまでまことを運ぶ。また、深く口付けをしながら、まことのシャツを脱がす。胸元の両方の突起に指を這わすと、まことの甘い吐息が漏れる。突起を潰す様に捏ね繰り回す。 「はぁぁ、、んっ。んんん。あ、、、、ん。」  まことの喘ぎ声に俺は達しそうになるのを必死で堪えた。唇でも左の突起を愛撫し、空いた右手でまことのズボンを下ろす。もう、先端からは透明な蜜が溢れ出ており、下着を蒸らしていた。俺は生唾を飲み込んだ。今までまことの前は、触らない舐めないと決めていた。でも今はもうそんな思考もぶっ飛んでいた。まことの下着を下ろすと、俺はそれを口に含んだ。ああ、まことの味だ。何とも感慨深い。まことはとてつもなく感じ易い身体を持っている。 「ああああああ。だ、、め。だめぇぇぇ。い、いっちゃうからぁぁ。はぁ、、、、ん。」  その叫びと共に俺の口内でまことは果てた。困惑するまことを余所に、精液を飲み込まずにローション代わりにした。まことの密部に舌を入れ、先程の精液を潤滑剤代わりとして塗って行く。ここも普段は舐めない。 「あ、だ、、だめ、そんな、、、汚いとこ、、、舐めちゃ、、やぁぁ。」  舌を押し付け、同時に指を挿入する。ぐちょぐちょと厭らしい音をさせながら、まことの密部は段々と柔らかくなって来ている。指を徐々に増やしながら掻き回す。 「もう限界だわ。入れるぞ。」  まことは首を横に振っているが、気持ち良くて状況が分かってないんだな、と俺は思った。そしていきり立った俺の肉棒をまことの密部に押し込んだ。 「あああああ。い、やぁぁ。駄目ぇぇぇ。」  感じ過ぎているまことの唇にキスを落とす。それに応える様にまことも舌を動かす。肉棒で中を擦る度に、まことが身体を震わす。「今日だけは」そんな思いが俺の中を巡る。今日だけは優しく抱く。俺も感情をセーブし兼ねていた。俺もこいつが好きなんだと改めて感じる。頭を過った確信の言葉を忘れる様に、夢中で腰を振りながら唇を合わせた。汗で酒は抜けているだろうが、何時もと違う行為に気が付く余裕は無さそうだ。幾度かピストンを繰り返し、俺たちは共に果てた。何度となく欲望をぶつけ合った。最後はもう、触れているだけで気持ちが良くなる程だった。意識も微睡んでいた。まことを正面から抱き締め、キスを降らせているとふと目が合って微笑みあった。 「ねぇ、何で今日はこんなに優しいの。」  まことが喘ぎ過ぎた擦れ声で問う。眠いのと幸せなのとで夢の狭間に居た俺は、正直に思いを口にする。 「俺だって、お前の事好きなんだよ。普段どれだけ我慢してると思ってんだ。たまには甘やかしても罰は当たらないだろ。」  腕をまことの身体に絡ませ、力強く抱き締めた。そのまま俺は、意識を手放した。腕の中で嬉しい様な切ない顔を、まことがしていたのも知らずに。  昨日はやっちまったな。腕の中ですやすや眠る、まことに目線を落とした。今まで我慢していた気持ちが積を切ってしまった。眠ってるまことの顔には涙が伝った痕がある。 「苦しませたな。悪かった。」  涙の痕にキスを降らせ、俺は身体を剥がした。何時もの俺に戻る時間だ。もう優しくはしない。心に強く誓った。まことを起こさぬ様、身支度を整え部屋を後にする。まことの寝起きを見たら、気持ちが揺らいでしまいそうだったから。俺たちは一緒に居られない。それは分かっている。だから俺は振り向かず、真っ直ぐ見据えて岐路に着いた。  宇田川さんにキスをされた時に、夢から覚めていた。起きているのが悟られない様に、寝た振りを続ける。部屋を出た宇田川さんを、薄目で見送った。僕は痺れる身体を起こした。宇田川さんにさっきキスをされた場所を摩る。涙の痕があるのが分かった。僕は冷めない夢を見ている様な気分だった。宇田川さんの優しい腕に抱かれた事を、思い出しては顔を赤くした。声、首筋、腕、、、全てが大好きだった。枕に顔を埋めて、幸せな感覚に悶えた。  途端、スマホの着信音が部屋に響き渡った。僕は怠さを覚えながら、脱ぎ散らかしていたスーツを漁る。鳴り止まない着信音に若干、嫌な感覚がした。ようやくスマホを見付け出し、画面を覗く。「ほら、やっぱり」そんな言葉が口から出たのかは定かではないが、嫌な予感というものは当たるものだ。幸せな気持ちが崩れて行く音がした。躊躇ったものの出ない訳にもいかない。僕は意を決してスマホに指を置いた。  あの夜から何日かが経ち、俺は平穏な日常を取り戻していた。普段通りに仕事をこなし、家と会社の往復だけの日常。変わった事と言えば、土曜日の予定が無くなった事くらいだ。あの夜、何であいつが飲みたいと言い出したのかは、次の週に出勤して直ぐに解明した。月曜日、会社の中では社長の息子が結婚したとの話題で持ちきりだった。会社を継ぐのに何時かは家庭という建前を持たなければならないと、あいつが漏らしていた事がある。「こんな早く決まるものかよ」奥歯を噛み締める様に呟いた。あいつの親父も持病があるから、気が急いているのは知っていた。早く息子を一人前にしたかったのだろう。まことがもう、俺の手に届かない所に行ってしまった様で虚しさが湧いてきた。しかし、そんな事を言っても仕方が無いのも承知している。だから俺は、なるべく平穏に日々を過ごす様にした。  ここでは僕の意思何て尊重されない。張り付いた笑顔で対応していると、まるで感情までもが凍ってしまった様な感覚に陥る。毎日が慌ただしく過ぎていく。親の決めた道を歩む事に、何も感じない程だ。親の決めた学校、仕事、結婚。何もかもが煩わしかったはずなのに。きっとあの夜に吹っ切れたんだ。僕の人生で一番大切な時間だった。  結婚式の段取りも早々と決まり、全てが水の様に流れている。相手の女の子はとても気が利く良い子だが、僕は女の子には興味がない。自室で寛いで居ると、頭を過るのは宇田川さんの顔だ。あれから忙しくてスマホを見る時間もなかった。震える指でスマホのロックを解除する。宇田川さんに「ごめんね、ありがとうございました」とメッセージを送信した。今後僕の事で宇田川さんが巻き込まれない為に、そのまま連絡先を削除したのだった。
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