2.Smoke Gets in My Eyes ②

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2.Smoke Gets in My Eyes ②

 セックスは最高だった、それはもう、泣きたくなるほど。 フットサルのチームを組んでいると聞いたことがある。 よく焼けた肌に、笑ったときの白い歯が良く映える。 寝る前から予感はしていたが、今やそれは確信に変わっていた。 飯島は、細身だがしっかりとした幅の広い肩にしがみつき、男の侵入を許した。 熱い塊が狭い道をかき分け、ゆっくりと入ってくる。 鈍い痛み、内臓がせり上がるような感覚、だが引き裂かれるような乱暴さはない。 「平気?もう少し奥まで入りそう?」 低い静かな声とともに、男の指が優しくそっと目じりを拭う。 無意識に涙が溢れていた。 相手はそれが苦痛のためだと誤解したのかもしれない。 飯島は手を伸ばし、男の頭を引き寄せる。 唇を寄せると、歯磨き粉の匂いがした。 いつの間に歯を磨いたのだろう。シャワーの間? 育ちのいい奴め、という苦笑とともに、飯島はふと自分の臭いが気になり、慌てて顔を背けた。 「痛い?やめようか?」 飯島は必死で首を振る。 「いいから、松木、もっと……」 「力抜いて、ね、飯島さん。」 松木の手が、飯島のペニスを優しくリズミカルに扱きあげる。 先ほど自分の涙を拭ってくれた手だと思うと、いっそう切ない気持ちが募る。 「あっ、あぁっ…あっ」 痺れるような高まりに腰が弾むと、その勢いで松木のペニスが身体の奥まで達した。 「すげ…飯島さん、気持ちいい。飯島さんも気持ちよくなって。ね……」 やがて松木が達したとき、飯島はやりきれない寂しさと後悔で張り裂けそうだった。 既に恋に落ちていた。 どうせ捨てられるのに。長続きなどしないのに。 松木の身体が離れる。 セックスが終わったあとの沈黙が、飯島には耐え難い。 『ごめん、なかったことにしてくれ。』 『実は妻と子供が居る。』 『酔った勢いで、つい。まあ、好奇心もあったしな。』 今まで幾度も「その瞬間」に叩きのめされてきた。 そのたびに、一人取り残された部屋で、粉々になった自尊心を必死でかき集め、何事もなかったかのように日常を繕ってきたのだ。 何も聞きたくない、ならば自ら沈黙を破ればよい。 だが、いったん口を開いたら女々しい本心が飛び出しそうで怖かった。 良い歳した男が泣いて相手に縋るなど、どれほど見苦しいことか。 思いを断ち切るように部屋を出る自分に、松木は驚くほど真剣な眼差しで(そして滑稽な格好で)問いかけてきた。 『また会える?』 飯島は心臓が口から飛び出すかと思った。  身勝手だと思いながらも、飯島はその『また』が来る日を待ち続けていた。 それから一週間、見かけた後姿に声が裏返りそうになりながら呼びかけると、松木は 「飯食っていきませんか?」 と言って来たのだった。 待ちわびていたのはセックスの誘いだ、飯なんてどうでもいい。 飯島は一瞬そう思ったが、何かにつけ尖がる自分に、松木が困ったような笑みを浮かべるのを見るとつい心が動き頷いていた。 飯を食ったらどうするのだろう、と疑問が過ぎる。 飯を食いながら、もう一度誘ってもらえるのだろうか、それとも『あれはなかったことにして欲しい』と言われるのだろうか。 精一杯気遣い、自分の機嫌取りをしている松木を見ながら、セックスのことしか考えていない自分を飯島は少し恥じる。 だが、松木はそんな自分の気持ちを他所に、飯島に煙草を吸うの吸わないのと言いがかりをつけた挙句、黙り込んでしまった。 会話がかみ合わぬまま、飯島は松木と店を出た。 人通りのない狭い歩道を、二人そろって駅の方面に向かって歩きだす。 帰りたくない、一緒にいたい、早く諦めろ、今ならまだ間に合う。 「この前みたいに、どこか寄ってく?」 結局感情は理性に勝てず、飯島は誘いをかけた。 「うん…」 何か考えているような松木の声に、飯島は心に鈍い痛みを覚える。 「別に、無理しなくてもいいぜ。男とラブホなんて、知り合いに見られたらヤバイし。1回こっきりの関係で終わらせたほうが無難だよな。」 「ねえ、飯島さん、あのさ。」 「この前のことは冗談だって。なかったことにしようぜ。」 自分が一番聞きたくないはずの言葉が、自らの口から吐いて出る。 「飯島さん、終わりにしたいの?」 そうだよ、と笑い飛ばそうと思うのに声が出ない。 言葉を口にしたら泣きそうな気がした。 「さっきの煙草、くれよ。一本。」 「いいけど…ちょっと待って、あそこ行こう、バス停横の喫煙所。」 木製のベンチに腰掛けると、松木はマイルドセブンを取り出した。 「吸わないってさっき自分で言ったばっかりなのに、変な人だね。」 少し呆れたような顔つきで火をつけて飯島に差し出す。 「普段は吸わないよ。滅多に吸わない。吸うのは……ああ、確かにセックスしたあとは吸ってることが多いかな。」 松木は何も言わない。 終止符を打つための間を取っているのではない、飯島が話し始めるのを待っている。 沈黙に促され、飯島は言葉を継いだ。 「……やっぱセックスは関係ないかも。吸いたくなるのは……泣きたい気分のときだな。精神安定剤みたいなもんだね。」 「今、泣きたいの?」 飯島は答えずに紫煙を吐き出す。 泣いてなんかいない、煙が目に染みるだけだ。 「俺とエッチしたあとも、泣きたかったの?俺と寝て後悔した?」 「よかったよ、すごく。最高だった。ずっとやってたいくらい。」 「じゃあ、なんで泣きたくなったのさ?」 「本気で好きになりそうだから。」 嘘だ、と飯島は思う。既に好きになってしまったのだ。 「わけ分かんねえ。俺は最初っから飯島さんのこと…」 「男同士なんて不毛だし。身体だけの関係だったら傷つかないかなあ、とか。」 「そのほうが虚しいじゃん。それ分かってるから泣きたくなるんでしょ。」 「……。」 「どのみち、人生って傷ついたり、それでも立ち直ったりしながら生きるものだと思うよ、俺は。それを誤魔化そうとするほうが不自然だ。」 松木は飯島の指から煙草を奪い取り揉み消すと、そのまま吸殻を灰皿に放り投げた。 ちょっと困ったような笑顔が正面から覗きこむ。 「ね、飯島さん、俺んち、今から来ませんか?」 こんな時、どんな表情で返せばよいのかわからない。 きっと泣きそうな顔をしている。それは煙のせいではなく——。 煙草を取られ、所在投げに空に投げ出されていた手が、そのまま松木の手に包み込まれた。
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