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「──怜様?」
「あ、あぁ、昨日も一昨日も先輩に捕まってたんだっけ」
一寸も浸れなかった初恋に思いを馳せていた俺を、真琴が下から覗き込んでくる。
黒目がちなどんぐり眼を見つめ返すと、ポッとほっぺたを染めて視線を逸らされた。
「そうなんだよー。 講義は仕方ないとして、それ以外の時間はぜーんぶ怜様と居たいのに。 世知辛い世の中ですなぁ」
「……世知辛いねぇ」
ニュアンス違うけど、雰囲気で受け取ってあげるか。
三限の講義は別校舎。
昼に食堂で落ち合う約束をさせられた俺は、「世知辛い、世知辛い」と呟く傍目にはひどく不審な真琴の背中を見送った。
原色で元気を貰っている真琴は、てんとう虫柄の派手なリュックを背負っている。 存在感のあり過ぎる、もふもふした大きめのキーホルダーがチャックの摘みに二つ揺れていて、開け閉めする度にそれらが動作を阻むらしく「もう!」と憤慨している様を何度も見た。
高校時代、ブレザーの下にいつも着用していた薄手のパーカーは今も健在で、まるで季節感がない。 春夏秋冬をパーカーで過ごす真琴は、構内でもすっかり変人扱いだ。
見た目はそう悪くなく、人懐っこい。 学部内で仲の良い友人も居るようだけれど、そう見せかけて俺と由宇にしか尻尾を振らない。
誰の目にも変わっている、真琴。
約三年の付き合いで、さらに体の関係まで持っている俺でも真琴の本性を見極められていないのではと思う。
家族構成と、ひとり暮らしの住まい、血液型、性感帯くらいしか知っている情報がないのはどうなんだろう。
「……何考えてんのかな、俺も真琴も……」
そうは言いつつ、俺が回想に耽っても一分で現実へと引き戻してくれる真琴に、以前から多少なりとも救われているのは事実だ。
失恋による傷心も、家庭のゴタゴタで沈みそうな不安心も、うるさい真琴が現れてからはよく分からないうちに悩まなくなった。
何しろ相手は真琴だ。
毎日告白してくるタフな真琴の好意につけ込んで、売り言葉に買い言葉で手を出した俺は若かったとしか言いようがない。
『いいから抱けって言ってんだろ!』
『嫌だよ! なんで俺が君を抱かなきゃいけないの! 嫌いだって言ってるでしょ!』
『ビビってんじゃないよ! 男だったら据え膳食いやがれ!』
『はぁ!? 君、ほんとに俺の事好きなの!?』
『怜様大好き、怜様大好き、怜様大好き、怜様大好き!!』
『うるさいよ! 呪文唱えないで!』
『あっ! あう……っ』
『そんなに言うなら据え膳食ってやるさ!』
『怜様……っ、どんとこいです!』
──こんな流れで勢い余って真琴を抱こうとして、……失敗した。
あの時はヤケクソにも違いなく、傷付いた心を癒やしてもらおうとかそういう希望的な意味合いは皆無だった。
俺も真琴も初めてで、しかも初体験が男同士。
普通に挿れようとしたって入らない、濡らしたくてもモノが無い、……唾液じゃ何の役にも立たず、先端をあてがって真琴が悲鳴を上げたのを機に無理だと判断し、その日は諦めた。
出来なかった事が悔しかった俺達は、翌週無事にリベンジを果たしたのだが……あの若気の至りがマズかった。
今になって後悔している。 何もかも俺が悪かった。
けれど、──。
〝君の事は好きにならない〟
本人にも散々言ってきたこの台詞が、共に過ごす時間が増えていくにつれ、己に言い聞かせているように思えてならない。
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