第五話

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… … …  通う大学では、間もなく入る夏休みが比較的長い。  その間、ハメを外す者も居ればアルバイトに勤しむ者も居て、母子家庭となった俺は必然的に後者となる。  大変な時期を乗り越えた母はすっかり元気になり、高校の教員に復帰してもうすぐ二年。 その母から、暇なら家庭教師のアルバイトはどうかと勧められた。  進学校に通う受験生相手であれば、自らの復習にもなっていいかもしれない。  特別金に困っているわけではないが、時間を持て余すくらいならば母の助けにもなるしという、効率的な面をふまえ何日か検討していた。  気にして探してみれば、大学の構内にも様々関連する掲示があった。 立ち止まり、いくつかの募集要項を吟味する。 「なるほど……塾講師って手もあるのか」  有名大学の法学部在籍ともなると引く手あまただろう。  二回生のうちはまだ余裕がある。 アルバイトについては前向きに考えてみよう。  真琴との関係をどうにかしてからだけど……と苦笑したまさにその時、張本人から突如肩甲骨への頭突きを受けた。 「怜様!」 「うっ……!?」  思いっきりだった。 さすがに不意打ちでこれは痛いよ。  恨みがましく振り返ると、真琴の方が不服そうに俺を見上げてきた。 「怜様、家庭教師のバイトするの!?」 「……まだ検討中だけど」 「塾講師!? 家庭教師!? どっち!?」 「いや、だからまだ決めてないって」  真琴の声に、知らない生徒達の視線が四方から刺さってくる。  彼はいつでもどこでも声が大きい。 周りの目を気にしない大胆さは尊敬に値する。  けれど俺は、注目を浴びたくないんだよ。  頭突きされて肩からずり落ちた鞄を直し、やれやれと歩き出すと、てんとう虫柄のリュックを前で背負った真琴もついて来た。 「怜様が誰かに家庭教師したいって言うなら、おれにしてよ!」 「はっ? なんで真琴に?」 「ちゃんとお金は払うから!」 「いやいや、貰えないよ。 何言ってんの」  最近昼夜問わず暑い日が続いてるもんな。  真琴のとんでも発言は通常運転だけれど、目の血走り方と気迫がいつもより凄い。 暑さにやられてるとしか思えない。  セックスを抜きにすると、俺達は友達のはず。 その友達に勉強を教えて金銭の授受を発生させるのは、どう考えてもおかしいでしょ。 「じゃあ、おれも家庭教師する!」 「えぇっ? じゃあって何、じゃあって」 「いつから始める!?」 「まだ決めてないってば」 「決まったら教えてよね!」 「…………?」  午後の講義急ぐからバイバイ!って。  床を力強く踏み締めてのしのし歩いて去って行く、真琴の背中から怒りのオーラが漂ってくる。  ていうか、なんで俺キレられたの?  終始口調が強かった。 いつもヘラヘラしている真琴にしては珍しく、どんぐり眼をつり上げて怒った表情をしていた。  何なら、あんなに感情を剥き出しにした顔は初めて見たかもしれない。 いきなりの頭突きも。 「ヘンな人だっていうのは知ってたけど……今日は一段とヘンだったな」  レポートが終わらないとかで昨日は呼び出されなかった。 徹夜でもしたのか、疲労が溜まってイライラしているのだろう。  そういう日もあるよね、真琴だって人間だし。
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