第十一話

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 外へ出ると途端に額に汗が滲む。  少しでも気を抜くと転がり落ちてしまいそうな虚無感の中、じっくりゆっくり時間をかけて階段を下りた。  「暑い」と呟く唇とは裏腹に、指先が冷えていく。  首に引っ掛けていたタオルで無意識に汗を拭うと、ふわりと真琴の匂いがした。 「…………」  懐かしくて寂しい気持ちになる。  他は何も考えられない。 どんな気持ちも湧かない。  一つ後悔があるとすれば、あんなに冷たい態度で出て来てはいけなかった。  突き放した事で俺に盲目だった真琴の視野が広まり、愛してくれる人が見つかったのであれば祝福すべきだった。  〝もう?〟という疑問は残るが、俺が負わせた傷だらけの心を癒やしてくれる誰かの存在が現れたというのは、決して悪い事ではない。  というより、俺はこの結果を望んでいたんじゃないか。 「……いい加減にしろよ、俺」  込み上げる憤り。 それは俺自身と、日々熱くて重たい好意を向け続けてくれていた真琴に向かう。  ……ふざけるな。 突き放して一ヶ月も経たないうちにもう誰かとセックスしたの?  真琴は〝怜様〟じゃなくても良かったんだ?  そんなに容易く他をあたれるほどの想いだったんだ?  この三年間、俺は真琴の〝大好き〟を毎日受け止めていたのに。  気持ちには応えられなかったけれど、……俺なりに、……返せるだけの事はしてきたつもりだったのに、……。 「くっ……」  胸元から、何かがせり上がってきた。  電柱に寄りかかり、上がってきたものの正体が頬を濡らす。  立っていられなくて蹲った。 蹲って、声を殺して泣いた。 「……っ、……」  自分ではどうしようもないほどの嫉妬。 悲哀。 苦痛。  これこそが、俺が恐れていた感情だった。  付き合ったが最後、裏切られて泣く羽目になる。 知りたくもないこんな感情をこれでもかと味わわされる。  愛し合って結婚したはずの両親が壊れたきっかけは、〝裏切り〟。 俺は、家族がバラバラになっていく様を一部始終見ていた。  人の想いに永遠なんて無い。 簡単に心変わりをする。  そういう生き物。  大好き過多の真琴も、いずれは俺ではない誰かに目移りする日がくるかもしれない。 それが単なる仮想だとしても、恋人という括りになったその後が俺は怖くてたまらなかった。  裏切られて、嫉妬して、怒り狂って、傷つけ合って、しまいには憎しみ合う。  そんなの、……誰が望むの?  真琴とは終わりたくなかったから、終わらせた。  俺じゃない人を選ぶ機会を持てば、きっと状況も、真琴の気持ちも変わっていくと思った。 「……っ、あの時も俺は……嫉妬してた……?」  覚悟が決まったのは、キャンプの話をされた時だ。    俺の居ない世界を真琴が知ろうとしている。 高校時代よりも幾分成熟した男女と関わり、それを真琴が知ってしまったら、どうなるのか。  俺なんか見向きもされなくなるかもしれない。  狭い世界で俺に盲目だった真琴は、万人に受け入れられる性格と人懐っこさ、不思議な感覚を持ち合わせている。  対して俺は、……何がある?  ──何も無い。  それ故、真琴が俺にしつこく〝大好き〟と言う意味が分からなかった。  聞いた事がなかったから。  ……知ろうと、しなかったから……。  真琴が去って行くのが怖くて、深く踏み込もうと……しなかったから……。
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