第十二話

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 土曜の夜は、時折雷鳴まで轟くほどの大雨になった。  夕立が長引いている。 すぐに止むだろうと傘を持たなかったため腰掛けて三十分でずぶ濡れになっているが、これは早めに来過ぎた俺が悪い。  十九時に、母校から歩いて五分の公園で待ち合わせ。 ここは、学校帰りに真琴とよく立ち入った場所だ。  雨宿りが出来そうな屋根も無く、公園灯が一つと滑り台と今にも壊れそうなベンチのみの小さな公園。  静か過ぎる場所では勉強が捗らないと変わった事を言う真琴に付き合い、試験前に関わらずほぼ毎日この木製のベンチで教科書とノートを広げていた。  彼はそこで熱心にシャープペンを握っていたかと言えば、そうでもなく。 何分か真剣にそれらを流し見して、あとはコンビニで買った軽食を食べ、他愛もない会話を俺に投げ掛けて空を見上げた。  あの頃も、俺達は曖昧な関係の途中だった。 「……今日は何分遅刻かな」  十九時を十五分過ぎた。  ここで真琴と待ち合わせをしたのは、俺ではなく由宇という事になっている。  あんな去り方では、俺が呼び出したところで真琴はきっと来てくれない。 板挟みとなった由宇には申し訳なかったけれど、最後くらいけじめをつけなければと思ったのだ。  どれだけ真夏の温い雨に打たれようと、俺が真琴にしてきた事を消し去る事は出来ない。  けれど、恐れていた感情を味わっても、目一杯泣き暮らしても、真琴に対して浮かぶのは祝いの言葉ではなかった。  こうなるまで気付けなかった、すでに手遅れとなった己の想いを押し殺す事で精一杯だった。 「っ、怜様……!」  約束の時間から二十分遅れで真琴の声がして、俯いていた顔を上げる。  暗がりの中、パシャパシャと水の上を駆ける足音が次第に近付いてくる。 姿を捉えたと同時に、俺を濡らしていた雨粒が止んだ。  見上げると、真琴がうさぎのシルエット柄の傘を俺に傾けていた。 「怜様びしょ濡れだよ! ごめんね、おれが遅刻したから……! あぁ、こんなに手も冷たくなって! 着替えた方がいいんじゃないっ? 怜様の家、ここからスグでしょ? おれここで待ってるから着替えに、……っ」 「真琴……」  俺の手を握った真琴の手のひらが、とても温かった。  温かくて、懐かしくて、心地良くて、離せなかった。 「怜様早くっ……風邪引くってば!」 「真琴も来て」 「えっ……?」 「嫌じゃ、なければ」 「怜様……っ」  一瞬驚いた表情を浮かべたものの、真琴は躊躇いながらも小さく頷いてくれた。 あげく、手を握り返してくれた。  そんな些細な事で、俺は再び涙を流しそうになる。  この大雨では、俺のか細いけじめの言葉なんかかき消されてしまうという危惧は不要だった。 いざ真琴の顔を見ると、用意していた台詞が見事にすべて飛んでいった。  俺は、真琴を諦めたくない。 誰にもあげたくない。  俺の居ない世界なんか知らなくていい。 しつこくて重たい愛情は俺にだけ注いでいたらいい。  決意したけじめが白紙になり、その上に新たに書き加えられていく身勝手な欲。  今この時こそ、雨に打たれ過ぎて判断能力を失っているとしか思えなかった。
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